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しんぼー/Shinboh

Author:しんぼー/Shinboh
フォトジャーナリスト
Photojournalist
詳細は下記サイトへ
ルポ集『東南アジアの人々』
"People in Southeast Asia"

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フォトジャーナリストの戯言
取材に基づく記事やビデオリポートではなく、日々の戯言
公私の狭間で
 今月と来月は東南アジアへ出張続きで、このブログもバンコクのホテルで更新しています。勤務先の仕事なので守秘義務があり、具体的には書けませんが、要は一つの事業を東南アジアの国の人たちと共同でやっています。小生は過去29年間、自主取材のために東南アジアへ通い、その過程で人脈を培い、信用を得ることが出来ました。今それを一気に放出しているような感じです。downtown_bkk 
 破格の低予算で日本のスタンダードに合わせ、期日に間に合わせるという仕事で、間に立って現場で実務を進める身は、文字通り板挟みになっています。気持ち良く仕事をしてもらい、円滑にコトを運ぶためには、立て替えたり、イロを着けたり…。初対面でその場限りならいざ知らず、長年の付き合いがあり、これからも取材などで力を借りたい旧友たちやその友だちだけに、我が身を削るしかありません。
 長年、自主取材のテーマとしてきたことが「南北問題」や「格差」です。その中でいつも思うことは、東南アジアには東南アジアの自然環境に育まれた価値観や、歴史文化に呼応した流儀があり、それを日本などの先進工業国に合わせるか否かは彼らが決めるべきことだと思うのです。しかし、ひとたび共同事業となると、互いに歩み寄るしかありません。且つ、イニシャティブを取っている側がその決断を迫ったり、急かしたりしがちです。
 個人として付き合ってきた東南アジアと、所属企業の一員として付き合うというのは、まさに公私混同。自分の考え方や習慣を変えてまでも、収入を増やしていきたいとは思っていない人たちが少なからずいます。現金収入より大切にしているコトやモノを持っている人たちは、一つの国の中でも大昔から必ず一定の割合でいたと思いますが、国境を跨ぎ異文化ともなれば、さらにその異差が際立ちます。知人友人が間を取り持って窮地に立たされたケースは幾つも見聞きしてきましたが、やはりストレスはかなりのものです。(しんぼー)
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自主取材をアップしました! が、…
 中国の南下を昨年末ラオスに自主取材し、その記事とビデオリポートを一昨日、自分のサイト『東南アジアの人々』にアップしました。1987年からの29年間で63本目となります。経験を積めば積むほどより良いモノができると精進してきたつもりですが、どうやら小生の場合はそうでないようです。昔のモノを読み返すと、断然いまより精力的に緻密な取材をしていて、それが強みになっていましたmy site
 例えば今回、現地の旧友が「小さなカメラで、ジャーナリストと名乗らずに」と助言してくれると、「未だいろいろあったり、今はちょっと時期が悪かったりして、通訳に迷惑をかけたり、自由に見聞できなくなるのだろう」と素直に従ってしまっています。わざと聞き難い質問をしたり、立ち入りが制限されている所を撮影したり、或いは、一般に関心が高い人やモノと引っかけたり、……。どうしたら面白くなるかは解っています。しかし、近年は関係者への影響や受け手の反応を予測し、加えて経費と時間などを総合し、天秤にかけてしまうのです。
 もう一つは小生自身の問題です。生意気なことを言うつもりはないのですが、“小説より奇なり”なはずの事実が、どれも当然の帰結のように見えて、「だから、どうなの?」と。以前ほど驚かず、喜怒哀楽といった感情が起こらないのです。また、駆け出しの頃に漫然と取材していて、大先輩に「思想を持って取材しないと意味がない」と言われ、頭をガーンと殴られたような記憶があります。自分なりの思想を転向したり、価値観がぐらぐら揺れたりはしていませんが、「なるようにしかならないし、他人に押しつけるものでもない」と思うようになっています。
 定年を迎える半年後には、自動的にフリーランスに戻ります。取材対象の選び方や報道の方向性の自由を守るためにも、食いぶちは別で稼がねばと再就職先を探してはいますが、ジャーナリストは細々とでも続けて行く所存です。以前のような精力的な取材方法を再び敢行するのか、枯れて軽妙ながらも内容がある方向を目指すのか。63本目の自主取材を終えて、今そんなことを逡巡しています。(しんぼー)


続けたい自主取材
  勤務先の仕事の都合で年末になりましたが、いま東南アジアのある国へ自主取材に来ています。かれこれ30年前から年に1〜3回のペースで続けているこの自主取材。マスコミや商業メディアは取り上げませんが、小生としては記録・報道しておくべきだと思うことを取材対象に選んでいます。よって、採算が取れないのは最初から覚悟の上です。それでも継続できたのは、自分がカメラマンや記者、ディレクターとして企業内で働き、自主取材に必要な経費と時間を捻出できるだけの収入と休日があったからです。
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  しかし、来年の定年退職後は、どう資金を調達しようか、この活動を続けて行けるだろうかという不安があります。そんなこと考えていたところへ、インターネット上にやりたい事業のサイトを設け、それを実現させるための募金活動をサポートしている会社からオファーがありました。障害者福祉や動物愛護などに尽力している知人友人が利用しているのを見かけ、小生も寄付したことがあったので、その会社やシステムは認知していました。
  ボランティア報道でも対象プロジェクトになるというので、募金サイトの準備に入ったのですが、小生としてはちょっと引っかかる条件が出てきたのです。プロジェクトを起こした本人が自分の友人知人、150人くらいに寄付を直接お願いするのが普通なのだとか。小生は記事やビデオリポートを見た不特定多数の人が寄付してくれるなら、有り難いと思っていたのです。知人友人も寄付してくれるかも知れませんが、それは得た情報に対してではなく、ほとんどは義理人情でのことでしょう。
  ということで、今回はそのオファーを断って、これまで通り100%持ち出しで来ています。現地のネットワークをフルに使って、なかなか会えない人に話を聞いたり、一見さんは立入禁止の場所で撮影したり…。そんなことをしても、そもそもマスコミが来ていないということは、やはり一般的には需要がない情報なのです。しかし、小生にとっては、まずは自分の眼で見ておきたい、そして、皆さんに知らせたいと思っていることです。さらには、知った人は国内で生活していても、価値観や生き方で得るところがあると信じているからこそ、こうした自主取材を可能な限り続けていきたいのです。(しんぼー)
出張に際して
  期間を提示して予定を入れずに待っていたのですが、先方からの日時指定が2日前だったため、急な出張となりました。自主取材ではなく、勤務先の仕事です。Eメールや電話では済まない留守中の手当てをバタバタとし、直前購入のエアーチケットは少々高くつきましたが、恙無く現地入りしています。目的の会議は今後の展開に大いに関わり重要なのですが、それ以外に今回現地で片付けられる仕事がないのと、日本で別件の予定が迫っているので、1泊1機中泊のトンボ返り。
hotel_phnompenh   こんな日々に思うのですが、ここ数年“需要を喚起する”仕事の割合が増えていると。以前は既存の需要に対して、より上質でより経済的な労働や成果物を提供することにずっと努力して来て、それで収入を得てきました。しかし、いつの間にか需要そのもの、換言すればスポンサー探しとでもいうのでしょうか、原資の確保に関与しています。以前もこれからも役に立ったり、魅力があったりする企画を挙げ、それを形にしていくことに尽力するのは当然だと思います。また、第三者が需要喚起しているのを取材することは吝かではありません。しかし、こうした仕事に自ら手を染めるのは、どうもシックリ来ないのです。事の起こりや変化に自分自身が関与していては、マッチポンプに他ならないと思うからです。他方、根回しや交渉ばかりに時間を取られ、取材や編集など本業から遠ざかってしまっています。考えが古いのかと自問自答してもいますが、待っていて起こる事を取材したり、掘り下げたりするだけでは、商業メディアとしては不十分だからこそ、今回も出張となったのだと推察しています。
  その理由は、鶏と卵のようにどちらが先とも言えませんが、まず営業・事業と取材・編集の部署が以前ははっきりと分かれていて、拮抗しながらも両立していました。しかし、近年はその境目がなくなり、利益が出るという方向で統合されたように感じます。その背景には、インターネットの発達があります。広汎な、或いは専門的、ニッチな情報はインターネットで得る人が増え、既存メディアはインターネット対策としても、物量にモノを言わせて一局集中がますます顕著になっています。また、間接直接に自分の日常にも影響して来ることであっても、関心を持たない、関心を持ちたくない人が多数の“とりあえず安定した世”だったりということかと。さらには、その中で現場の実務は若い人たちや、年齢を問わず現代的な価値観を持った人たちで足りているという現実もありそうです。
  定年まで8ヶ月。何か仕事を見つけて、年金が出始めるまでは収入を得なければならないわけですが、改めて自分の立ち位置を見据えようとすると、もはや居場所がないようにも思えます。良くできたもので、だからこそ定年なのかとも思っています。さて、会議に行って来ます。(しんぼー) 

眼窩底骨折して考えたこと
 5日前の日曜に交通事故に遭って左を眼窩底骨折。まるで殴り合いの喧嘩をしたような顔で、「備え」と「繋がり」は被害の程度に大きく影響するかと改めて考えています。5日目の負傷した眼
 一旦停止せず歩道に乗り上げてきた車との衝突を避けようと、急ブレーキをかけたため自転車から体だけが前方へ飛び出してしまい、顔面を舗装ブロックに強打という自損事故でした。痺れを伴って痛む顔面とモノが二重に見えていた目は、急ぎ冷やし、経皮消炎鎮痛剤を塗って、骨折痛や術後にも用いる鎮痛剤を飲むと、痛みは和らぎ、正常に見え出したので、休日急患診療所へは行かず、その夜は眠ることも出来ました。そして、翌月曜には眼科と脳神経外科、形成外科をハシゴし、CTスキャンを含め様々な検査の結果、命や視力に支障ないことが判り、投薬も手術もせず自然治癒に任せるという診断が下りました。今回の小生の場合、「備え」では、ジムで鍛えていたお陰か両腕で衝撃を弱められたこと、応急手当の知識と薬が手元にあったこと。「繋がり」では、社保に入っていて医療費をあまり気にする必要がなく、近所に専門医が揃っていたこと。
 災害を含め一般的にも備えと繋がりがあれば、被害は小さく抑えられ、回復も早まると思います。しかし、経済的に困窮していると、予防や防災、そして対策を学んで講じようという気になる環境になかったり、解っていても行動に移せなかったりします。また、有形無形に関わらず価値のあるモノを持っていたり、生産したりする人ならば、公私ともに自然と他人との付き合いが生まれ、傷病や被害を負った時には周囲の人たちが手を差し延べます。しかし、そうでない人たちは平素から孤立しがちで、公的な保護・援助すら後回しになったり、受け取らなかったりと悪循環に陥る場合もあります。
 原因が「備え」や「繋がり」にあるとするならば、対策もとれる筈です。しかし、誰しも生まれいずる国や地域、家族を選べないにも関わらず、生育環境や教育は経済状態が大きく影響し、遺伝する生物学的な形質もあります。また一方で、時間は不可逆的で、且つ、待ってくれず、人は歳をとって行きます。いつの間にか自分が当事者として社会問題の渦中にいることや、社会の弱者になっていることが、事故や災害を機に露わになりがちです。個人の努力や注意ではどうしようもない部分があり、自己責任と線引きすることは極めて難しいと思うのです。古今東西カネの切れ目が縁の切れ目ではない家族や友人知人を大切にすることを美徳とし、どの宗教でも無病息災や家内安全を祈るのが、今回しみじみと解ったような気がしています。(しんぼー)


テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術