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しんぼー/Shinboh

Author:しんぼー/Shinboh
フォトジャーナリスト
Photojournalist
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ルポ集『東南アジアの人々』
"People in Southeast Asia"

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フォトジャーナリストの戯言
取材に基づく記事やビデオリポートではなく、日々の戯言
「暮らしやすさ」 ~ゴミ当番の月に~
 PTAの役員が自校の児童を殺害するという事件が起きました。学校に限らず、町内会の役員や小さな自治体の議員など地域のボランティア的な仕事を引き受ける人が全国的に少なくなっています。数少ない篤志家か、志がなければ、そこに公共ではなく自分の利益を期待する人しか手を挙げない状況です。今回の事件もそうした背景を否定できず、子育てをはじめ、少子高齢、防犯、過疎などの社会問題の根底に、いつも地域コミュニティの希薄さや崩壊が挙げられています。com_lock 
 小生も様々な局面でこの問題を取り上げてきましたが、ここへ来て個人として賃貸で入居しているマンションで、今月ゴミ当番が回って来たのです。可燃ゴミ回収日の週2回と不燃ゴミの月2回、決められた曜日の一定の時間帯にゴミ置き場の扉を解錠するのが当番の役割です。街の美化だけでなく、地域が荒れないよう防犯にも繋がり、至っては町内コミュニティを維持する一つの活動であることは理解しています。しかし、小生のような一人住まい、或いは共稼ぎ世帯にとって、その日時が勤務時間と重なったり、出張で帰宅できなかったりすることは少なくありません。小生の場合は、当番の仕事ができない日にゴミ当番を代行してもらうべく、便利屋と1ヶ月間の契約を結びました。
 二、三世代同居ならば、一家揃って旅行に行ったりすることがなければ、ゴミ当番も家族の誰かが果たせます。そうではない独居や核家族、共稼ぎというライフスタイルは経済を優先した帰結であることが殆どです。それでも、個人も地域も窮極の目標は同じで、「暮らしやすさ」の筈なのですが、それを感じるところや、優先順位の違いから個人同士、個人と地域の間でなかなか協調できず、拮抗さえしています。自給自足の部分など殆どない貨幣経済の真っ直中で暮らしていると、どうしても収入を得ることが第一義となっています。衣食住すべてカネで買っていて、人付き合いや趣味、娯楽にまでカネが要ります。タイトな地域コミュニティがあれば、物々交換したり、労働で助け合ったり、仲間で遊んだりして現金収入は少なくても暮らせます。しかし、そのためには日頃からひとり一人が互いに地域コミュニティに時間や労力を注いでいなければ成立しません。
 同時代の渦中にいる個人としては実際、便利屋に依頼するといったその場しのぎの方策しかとれていません。「暮らしやすさ」は誰もが求めていることだとすれば、交通と通信の発達によって、住んでいる地域と経済・社会活動している地域が大きく異なっている人が多いという点が、この問題における元凶?こう思うと、どうしようもなく、もう堂々巡りです。(しんぼー)
 

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微視的?働き方
 海外で外国人スタッフと協力して仕事をして来ました。小生が言うまでもなく、国籍や母語が違っても共同して一つのモノを作り上げることは可能です。しかし、メディア業界はそれぞれの国の国語能力が必須で、日頃の取材対象は大半が自国内という2つの理由で、海外シフトが難しく、空洞化しにくい産業の一つだと改めて思いました。但し、黎明期には先進国から輸入したものを翻訳して出版・放送する割合が大きいということはあります。
 政府は働き方改革をリードしようとしていますが、人口減が確実なこの国で、メディア企業も黒字経営を続け、生き残るために、やはり人件費削減を押し進めています。もう20年以上前からカメラマンやデザイナー、ライターなどの専門職は本体から子会社や下請け企業の社員へ、或いはフリーランスとの契約へと移行しだしていました。管理部門だけを国内に残し、実務は安くあがる海外へという形を取ることが難しい業種だけに、今では非正規雇用の割合を増やしたり、熟達したプロは案件毎の請負契約でという傾向がますます著しくなって来ています。また、新人と先輩にペアを組ませ、知識や技術を継承するということも、目先の効率優先で滅多に見受けられない時代となっています。当然、正社員は減り、その上で労災や過労死を防ぐ観点からですが、時間で切ることが不可能な職種でも一律にタイムカード制を導入したりといった具合です。
 今更ですが、メディア業界に限ったことではなく、企業や団体、クライアントと契約を結ぶ(就職する)前や勤務時間外の自由な活動が仕事にも大切なのは言うまでもありません。読書やネットでの情報収集、映画、演劇、スポーツ観戦、各種趣味、夜の社交場、知人友人との付き合い、ジムなどでの健康・体力維持、旅行など。それぞれの業界の人間として行えば、閃きといった発想や人脈作りなどを含め、得るモノは計り知れません。最初のアイデアが陳腐だと、どれだけ働いても徒労に終わったり、人脈がないとやたらと経費がかかったり、実現しなかったりします。逆に「どうせ仕事をせずに、遊んでいると見られるなら」と割り切ってしまうと、私的な経験を仕事に還元するのは馬鹿馬鹿しいと思わないでしょうか。さらには、そもそも遊びがなければ擦り切れてしまうのが人間ではないかと思うのです。
 サラリーマン生活も残すところ4カ月となりました。かといって、たとえ神様が二十過ぎの新人に戻してやろうと言っても、もう一回頑張り通すのはシンドイし、二度目も巧く切り抜ける自信がないので、小生は神様に「ノー・サンキュー」と言います。そんな心境でも、この国この社会の明日を考えると、近年の“遊び”を認めない働き方や勤務時間外の活動を見ない契約に疑問を感じているこのごろです。(しんぼー)

公私の狭間で
 今月と来月は東南アジアへ出張続きで、このブログもバンコクのホテルで更新しています。勤務先の仕事なので守秘義務があり、具体的には書けませんが、要は一つの事業を東南アジアの国の人たちと共同でやっています。小生は過去29年間、自主取材のために東南アジアへ通い、その過程で人脈を培い、信用を得ることが出来ました。今それを一気に放出しているような感じです。downtown_bkk 
 破格の低予算で日本のスタンダードに合わせ、期日に間に合わせるという仕事で、間に立って現場で実務を進める身は、文字通り板挟みになっています。気持ち良く仕事をしてもらい、円滑にコトを運ぶためには、立て替えたり、イロを着けたり…。初対面でその場限りならいざ知らず、長年の付き合いがあり、これからも取材などで力を借りたい旧友たちやその友だちだけに、我が身を削るしかありません。
 長年、自主取材のテーマとしてきたことが「南北問題」や「格差」です。その中でいつも思うことは、東南アジアには東南アジアの自然環境に育まれた価値観や、歴史文化に呼応した流儀があり、それを日本などの先進工業国に合わせるか否かは彼らが決めるべきことだと思うのです。しかし、ひとたび共同事業となると、互いに歩み寄るしかありません。且つ、イニシャティブを取っている側がその決断を迫ったり、急かしたりしがちです。
 個人として付き合ってきた東南アジアと、所属企業の一員として付き合うというのは、まさに公私混同。自分の考え方や習慣を変えてまでも、収入を増やしていきたいとは思っていない人たちが少なからずいます。現金収入より大切にしているコトやモノを持っている人たちは、一つの国の中でも大昔から必ず一定の割合でいたと思いますが、国境を跨ぎ異文化ともなれば、さらにその異差が際立ちます。知人友人が間を取り持って窮地に立たされたケースは幾つも見聞きしてきましたが、やはりストレスはかなりのものです。(しんぼー)
自主取材をアップしました! が、…
 中国の南下を昨年末ラオスに自主取材し、その記事とビデオリポートを一昨日、自分のサイト『東南アジアの人々』にアップしました。1987年からの29年間で63本目となります。経験を積めば積むほどより良いモノができると精進してきたつもりですが、どうやら小生の場合はそうでないようです。昔のモノを読み返すと、断然いまより精力的に緻密な取材をしていて、それが強みになっていましたmy site
 例えば今回、現地の旧友が「小さなカメラで、ジャーナリストと名乗らずに」と助言してくれると、「未だいろいろあったり、今はちょっと時期が悪かったりして、通訳に迷惑をかけたり、自由に見聞できなくなるのだろう」と素直に従ってしまっています。わざと聞き難い質問をしたり、立ち入りが制限されている所を撮影したり、或いは、一般に関心が高い人やモノと引っかけたり、……。どうしたら面白くなるかは解っています。しかし、近年は関係者への影響や受け手の反応を予測し、加えて経費と時間などを総合し、天秤にかけてしまうのです。
 もう一つは小生自身の問題です。生意気なことを言うつもりはないのですが、“小説より奇なり”なはずの事実が、どれも当然の帰結のように見えて、「だから、どうなの?」と。以前ほど驚かず、喜怒哀楽といった感情が起こらないのです。また、駆け出しの頃に漫然と取材していて、大先輩に「思想を持って取材しないと意味がない」と言われ、頭をガーンと殴られたような記憶があります。自分なりの思想を転向したり、価値観がぐらぐら揺れたりはしていませんが、「なるようにしかならないし、他人に押しつけるものでもない」と思うようになっています。
 定年を迎える半年後には、自動的にフリーランスに戻ります。取材対象の選び方や報道の方向性の自由を守るためにも、食いぶちは別で稼がねばと再就職先を探してはいますが、ジャーナリストは細々とでも続けて行く所存です。以前のような精力的な取材方法を再び敢行するのか、枯れて軽妙ながらも内容がある方向を目指すのか。63本目の自主取材を終えて、今そんなことを逡巡しています。(しんぼー)


続けたい自主取材
  勤務先の仕事の都合で年末になりましたが、いま東南アジアのある国へ自主取材に来ています。かれこれ30年前から年に1〜3回のペースで続けているこの自主取材。マスコミや商業メディアは取り上げませんが、小生としては記録・報道しておくべきだと思うことを取材対象に選んでいます。よって、採算が取れないのは最初から覚悟の上です。それでも継続できたのは、自分がカメラマンや記者、ディレクターとして企業内で働き、自主取材に必要な経費と時間を捻出できるだけの収入と休日があったからです。
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  しかし、来年の定年退職後は、どう資金を調達しようか、この活動を続けて行けるだろうかという不安があります。そんなこと考えていたところへ、インターネット上にやりたい事業のサイトを設け、それを実現させるための募金活動をサポートしている会社からオファーがありました。障害者福祉や動物愛護などに尽力している知人友人が利用しているのを見かけ、小生も寄付したことがあったので、その会社やシステムは認知していました。
  ボランティア報道でも対象プロジェクトになるというので、募金サイトの準備に入ったのですが、小生としてはちょっと引っかかる条件が出てきたのです。プロジェクトを起こした本人が自分の友人知人、150人くらいに寄付を直接お願いするのが普通なのだとか。小生は記事やビデオリポートを見た不特定多数の人が寄付してくれるなら、有り難いと思っていたのです。知人友人も寄付してくれるかも知れませんが、それは得た情報に対してではなく、ほとんどは義理人情でのことでしょう。
  ということで、今回はそのオファーを断って、これまで通り100%持ち出しで来ています。現地のネットワークをフルに使って、なかなか会えない人に話を聞いたり、一見さんは立入禁止の場所で撮影したり…。そんなことをしても、そもそもマスコミが来ていないということは、やはり一般的には需要がない情報なのです。しかし、小生にとっては、まずは自分の眼で見ておきたい、そして、皆さんに知らせたいと思っていることです。さらには、知った人は国内で生活していても、価値観や生き方で得るところがあると信じているからこそ、こうした自主取材を可能な限り続けていきたいのです。(しんぼー)