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しんぼー/Shinboh

Author:しんぼー/Shinboh
フォトジャーナリスト
Photojournalist
詳細は下記サイトへ
ルポ集『東南アジアの人々』
"People in Southeast Asia"

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フォトジャーナリストの戯言
取材に基づく記事やビデオリポートではなく、日々の戯言
7秒の“刺身のツマ”
 カメラを避けている人物や野生動物など、何ヶ月も説得したり、張り込んだり、つまり粘らなければ撮れないものがあります。それが主題で、それさえ撮れれば作品は出来たも同然という仕事ならば、粘るのは当たり前です。そういう仕事は何十回とやって来ましたが、主題は別にあり、添え物として「あった方が良い」という程度の“刺身のツマ”のようなワンカットを粘って撮ることも多々あります。
 最近では、1日1往復しか運行していないSL列車や赤灯を回して走っている救急車、一冬に1、2度しかない某所の雪景色といったものです。蒸気機関車は天気や風の具合で煙が車体にまとわり着くとイマイチですし、併走して流し撮りしようと思っていても列車が来る時に他の車がいては安全上諦めざるを得ません。救急車はたとえ消防無線を傍受していても、それから沿道へ行ってカメラを構えたのでは間に合いません。なので、救急病院の近くでただただ待つしかありません。また、今回の雪景色は未だモノにしていないのですが、以前5回空振りし、春になる直前の6回目で撮れたこともありました。
 そんな添え物に固執する理由は、主題が引き立ったり、全体が締まったりするからです。アリモノ流用というか、ライブラリーから素材を引っぱって来たり、著作権を持っている企業や人から使用権を買ったりという手もあります。実際、過去のモノや膨大な経費がかかるモノなどは、アリモノで済ませています。しかし、往々にして時代や季節、天候など空気感が合わずに、その部分だけ浮いてしまうことが多いので、出来る限り撮り下ろそうと思うのです。
 結果的に使う長さは平均して7秒ほどのこと。主題が疎かになっては本末転倒ですが、それでも小生は“刺身のツマ”は重要だと思うのです。しかし、費用対効果で意見が分かれるところですので、主に出勤前や退社後、休みの日などに撮りに行くことも少なくありません。救急車など休日の夜間の方がチャンスが多くてトホホの世界ですが、やはり撮影ということが根っから好きなのだと思います。(しんぼー)
 
 
 
 
宣言!スチル写真に専念
 明けましておめでとうございます。本年も当ブログをどうぞ宜しくお願い申し上げます。
 さて、今年こそ小生、原点に戻って、スチル写真に専念しようと思っています。放送局勤務なので、平素はどうしてもカメラと言えばビデオカメラ。動画対スチルの比は20対1という状態がもう10年以上続いています。それでも、スタートはスチル写真で、アマチュア時代から数えれば写真は25年以上やっていたことになります。
 しかし、振り返ってみれば、印刷媒体がテレビやインターネットに喰われて、スチルカメラマンの仕事が減った時、小生がテレビ業界へ移らざるを得なかったのは、やはりスチルカメラマンとして一流になれていなかったからというのが本当のところです。淘汰されて少数にはなりましたが、現在もスチル写真一本でやっておられるカメラマンはいます。その人しか撮れないような写真が必要とされる場で、一流の人だけが生き残ったと言えます。
 放送局では記者の後、ディレクターをやっていて、予算に制約がある番組では自分で撮れることに重宝はしています。しかし、我ながら、やはり中途半端です。周囲を見渡せば、初めてカメラを持った時やアマチュア時代から動画という人は少ないですが、プロとしては最初からビデオカメラマンだった人が殆どです。フィルム時代ならば、スチルとムービーで共通する技術や知識が沢山あったのですが、ビデオやデジタルとなると、あまり共通するものはありません。
 「二兎追うものは一兎をも得ず」という諺は、客観的評価においても極められる人に言えることだと思います。小生のような凡人は、一兎に賭けていてはリスクが高すぎ、ツブシが利かないと食い詰めること必至です。ということで、ビデオカメラは生活のために手放せませんが、勤務先以外でカメラを持つ時は、初心に帰ってスチルカメラにしようと思うのです。もうそれしかありません。(しんぼー)



 
新記事をアップし年越し
 このブログともリンクを張っている個人サイト『東南アジアの人々』に、年末やっとのことで新しい記事とビデオリポート『復興にカムランチャイ』をアップロードしました。急に腐ってしまう内容ではありませんし、自主制作で誰に依頼されたものでもないのですが、記事中の「今年」が「昨年」となってしまうので、自分なりに年内アップを目標にしていました。滑り込みセーフとはいえ目標を達成でき、いまホッとした気分で2011年の大晦日を迎えられています。
 同じ仕事を長く続けていると段取り良く素早くできるようになるものです。しかし、その一方で、酷い肩凝りで根気が続かなくなったり、徹夜してバリバリ片付けることも出来なくなってきました。筋力体力維持のために週一回のスポーツジムを意地になって続けている身としては認めたくないのですが、やはり加齢のせいでしょうか。
 30歳代には20年もすれば、“二足の草鞋”でしか成立しないフォトジャーナリストの仕事も少しは楽になっているのではと想っていたのですが、要領が良くなるのと反比例して萎えていく体力は想定外でした。気力は、少なくとも小生は好奇心と感受性がその源だと思っていますので、自分の好きなもの、興味を持てることを日常に探し、見つけ出すことで維持しているつもりです。
 今回タイ南部を取材したのは8月末から9月頭にかけてのことでしたから、その記事執筆とビデオ編集に4か月近くかかったことになります。勤務先の仕事の間隙を縫って、最低限ながら家事や身の周りのこともこなしながらとなると、これで精一杯でした。あの大変な日々にまた自分を追い込むことになるのは明らかなのですが、来年もフォトジャーナリストして何か自主企画をやります。生きているという実感を、その追い立てられるような抵抗からこそ得られていると思えるので、止めろと言われても止められません。
 今年も当ブログをご愛読どうも有り難うございました。来年も引き続きどうか宜しくお願い申し上げます。(しんぼー)
遺体の写真・映像
 「今年の東日本大震災ではあれだけ沢山の方が亡くなったのに、遺体の写真や映像を一切見なかったわね」。先日、取材協力者との忘年会でこんな話題が浮上。「どうして?」と小生に振られているのは明らかで、皆さん納得は行かなかったでしょうが、こんな説明というか、言い訳をして来ました。
 阪神淡路大震災をカメラマンとして取材した小生は、当時すでに中堅にはなっていましたが、新聞社を辞めてフリーランスになっていたこともあり、「これは編集者がボツにしようが、撮っておかなければ」と自分の価値判断で、建造物の大崩壊を横目に遺体がらみの写真ばかり撮っていました。生き埋めになり重機や人手が足らず数時間の差で命を落とした人たちや、行政やNGOが間に合わず歩道に敷かれた布団にズラッと寝かせられた遺体、次から次へと戸板に載せられた亡骸が運び込まれ、祭壇の仏像の脇まで遺体が安置された寺、などなど。「他人の災難がそんなに面白いのか!」と鼻や顎の骨が折れるかと思うほど強く殴られながらの撮影でしたが、今でもあの判断は正しかったと自信を持っています。
 東日本大震災の死者行方不明者は19,334人(12月9日現在)と一桁まで判る戸籍制度もしっかりした日本です。しかし、その一部分でも写真や映像で記録・報道されていないと災害の悲惨さは、いくら「2万人近い人々が…」と言われても、なかなか想像できるものではありません。年月が経って歴史になった時、次世代以降には最早リアリティの欠片もないでしょう。
 小生がサラリーマンに戻って14年。雲仙普賢岳や阪神淡路大震災の取材経験があっても、今年の大震災では全く声がかからず、目前のルーティンに当たっていました。個人情報保護が喧しくても、人物を特定できない撮り方や出し方はいくらでもあります。前景や背景に被災地が入るわけですから、この時ばかりは安易な手法と非難されることはありません。会社員に戻ったのは生活のためでしたが、酒席であっても、こういう質問を受けると色々と深く考えさせられるのです。(しんぼー) 
統合失調症のTさんが個展開催
 「あなたのお陰です。あのとき取り上げて下さらなかったら、出来てなかったと思います」。帰りがけ、Tさんは戸口のところで、こんなことを言って見送ってくれました。たとえ社交辞令であったとしても、嬉しいものです。
 途中何度か取材拒否に遭い、企画ごと“空中分解”しそうになりながら3年に亘って取材し、3年前に放送したドキュメンタリー番組の主人公がTさん。統合失調症を患い、症状を薬でコントロールしながら、社会参加を目指すTさんとその周辺を追った番組でした。放送時期もあってTさんが昔やっていた絵画制作を再開するところでドキュメントは終わっていたのですが、そのTさんから2週間ほど前、個展の案内ハガキが届いていたのです。
 一人一点ずつ展示する学校の展覧会や公募展と違い、個展となると一貫した何らかのテーマの上に、作品の大きさにも依りますが最低15点くらいは必要です。しかし一方で、その再発を抑える薬はしばしば疲れ易くなったり、やる気が萎えたりする副作用があります。再発と副作用の間で悩む患者さんを複数取材していただけに、Tさんが二年半ほどの間に今回展示している17点を描ききったと聞き、本当によくやったと感心し、こちらも嬉しくなりました。
 もし病気のことを聞かれれば「精神科にかかっている」という程度は話すが、自分から「統合失調症」とオープンにはしないというのがTさんのスタンス。他人の視線や話し声が非常に気になり、ビデオや写真に撮られることにも大変敏感です。調子が悪いときだと、接触すること自体が症状を悪化させてしまわないだろうかと、こちらも気を使うところです。しかし、Tさん、このごろは絵を続けて描けるほど調子が良いのでしょう。「記念すべき日だから」とカメラを持参した小生に、顔出しで病名も出して話しても良いと言いました。広く一般に報じるのがジャーナリストのアウトプットですが、接触するという時点で被取材者ひとり一人への影響は避けたくても避けられないものです。個展の帰り道、Tさんの信頼にまたどこかで応えなければならないなと思いました。(しんぼー)