プロフィール

しんぼー/Shinboh

Author:しんぼー/Shinboh
フォトジャーナリスト
Photojournalist
詳細は下記サイトへ
ルポ集『東南アジアの人々』
"People of Southeast Asia"

最近の記事

最近のコメント

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

Powered By FC2ブログ

Powered By FC2ブログ
ブログやるならFC2ブログ

フォトジャーナリストの戯言
取材に基づく記事やビデオリポートではなく、日々の戯言
企画が2回続けてボツ!
 勤務先で2回続けて企画がボツになりました。新聞社時代から、これは初めてのことです。今のところは三本抱えてヒーヒー言っていますが、上から仕事を当てがわれることは滅多にないので、このままでは早晩お茶を挽くことになります。そして、精神衛生上よろしくない状況に追い込まれそうな予感がします。
 この原因は、手垢の付いていないネタを探し出し、企画書も推敲を重ねて出しているし、時代感覚もボケていないと思うので、やはり枠の減少のせいだと思います。元来この枠は儲かっていなかったドキュメンタリーなので、不況になれば真っ先に整理される対象なのです。よって、週一で年50回近くあった枠が、今は半分。皆が同じペースで企画を出していたとしたら、競争率は倍になっている筈です。
 制作予算の削減で、小生は自分でカメラを回し、アシスタントも使わず、可能な限り公共交通機関で移動しているので、その削減された予算に軽く納まっているのですが、小生一人がそうしたところで、枠が増えることはないようです。つまり、一本当たりの経費ではなく、制作本数を減らすことで、年間予算を抑えるという発想だからです。
 雇われの身で何を言っても仕方がないのですが、枠が減ったのに部員の数が同じということは、明らかに、手持ちぶさたになる人が出て来ます。殆どの時間をリサーチに費やすのは、良いネタが見つかる可能性は高まりますが、会社にしてみればこの不景気に贅沢な人の使い方となる筈です。もし小生が経営者側ならば、枠が減った時点で、もっと人がいたらいたで、それなりにすることがある部署へ配置転換させています。合理的に考えれば、やはり近い将来、それは避けられない状況のようです。(しんぼー)
 
 
編集部の都合
 最初に。今月後半は勤務先の仕事で超多忙になるのが分かっているので、時間がある今のうちにと、立て続けにアップしています。
 いま小生はある編集部へ原稿を送っています。マスコミ業界で二重寄稿は顰蹙を買うだけでなく、信用をなくします。なのに、寄稿した原稿の採否を知らせないとか、問い合わせにも応じないといった編集部が多々あります。小生は寄稿者と編集部の両側を経験しているだけに、それぞれの事情が分かるのですが、このシステムはどうも困ったことだと以前から思っています。
 採否を知らせないのは、締切ぎりぎりまで待って、他に良いものが出て来なければ使うという考えからだと思います。また、暫く寝かせて置いても腐らない内容ならば、ストック原稿にしたいということです。少なくとも、小生が編集者の立場ならそうなります。ところが、寄稿した側は、待たされた挙げ句にボツということでは、発表の機を逸してしまう上に、経費の回収もできません。だから、小生が編集者側の時は、採否の連絡はその場でしています、大した経費も時間もかからないわけですから。
 景気が良かった頃には、箸にも棒にもかからない原稿でなければ、ボツにしても、採用と殆ど同じ額の原稿料を払ったりする編集部がありました。それは寄稿者に浮気させず、繋いでおきたいからです。しかし、こう景気が悪いと、もうそんな編集部はないかも知れません。いずれにせよ、確実に何十年前から、たぶん百年以上前から続く慣習です。となると、編集部員になるというケースは殆どありませんが、実績を上げて“出入りの作家”に、或いは、忠実な契約スタッフにでもならないと、このシステムからは抜け出せません。
 寄稿する側から言えば、このシステムでは穴埋めの筈のアルバイトが生業になり、モチベーションや技量が下がり、疲弊して行ってしまいます。編集部の立場から考えれば、それでも寄稿したいというハングリー精神溢れる新人を自動的に発掘できるということになるのでしょう。まぁ、そのバランシングポイントをどの辺にするかで、面白いものが出来るか否か、休刊や廃刊にならないで済むかが決まると思うのです。(しんぼー)
[READ MORE...]
米大統領来日に思う
 小生は東南アジアが専門で、日米関係に関しては門外漢ではありますが、野党が政権を取った日本に米大統領が来るという節目に、やはり考えずにはいられません。アメリカ合衆国は自由と民主主義を標榜していますが、これまでの中南米や中東などに対する外交を見ていると、要は自国経済に有利なホンネ剥き出しの政策をずっと繰り出してきました。対日も然りです。
 日本政府も少なくともこれまでは、軍事政権や腐敗した政府であっても、政権交代がなさそうと踏めば、友好関係を結んできました。アメリカは親米ではない国、或いは、反米国家に対しては、その国の野党や反政府勢力に援助したり、時には武力介入までします。そんなアメリカが、これまで親米だった日本で野党が政権を取ったわけですから、大騒ぎするのも無理はありません。
 東西冷戦も終わって久しいのに、軍事的緊張を煽る基地がいつまでもある日本。国境問題が未だ解決していない日本とその周辺。その一方で、アメリカは対中国外交で、日中国交回復の先を越して中国に近づいたことは史実の通りで、以来、日本の頭越しに中国とやりとりしてきました。どうもアメリカは東アジアの漢字圏の国々が欧州連合(EU)のように徒党を組むことを何が何でも阻止したいと、第二次世界大戦後ずっと思い続けているのではないかと考えざるを得ません。
 とかく隣国同士は近似しているだけあって仲が悪い側面もありますが、アメリカだってカナダから中南米の国々とブロックを作っています。何も軍事的に対抗するというのではなく、また、経済効率が良いというだけではなく、日本と韓国、中国がもっと緊密になるのは、地理、民族、文化的に極めて自然ではないかと思うのです。安全保障や和平条約、貿易協定なども各国がアメリカと一対一ではなく、先ずは隣り合う国々が相互に結ぶのが、どう考えても普通だと思うのですが、やはりアメリカの強権のせいなのでしょうか。(しんぼー)

ブログに写真
 早いもので、このブログを初めて間もなく丸4年になります。他の方のブログを拝見していると、写真がよく使われていて、写真日記のような構成もあります。で、小生も写真を載せるべきかと何度となく考えてきました。でも、結局はプロであることのプライドが邪魔して、載せずじまいになっています。
 デジタルカメラになって、感性だけでシャッターを押せば写り、暗室に入ることもなく、撮ったその場で確認もできます。そんな時代になって、プロフェッショナルとアマチュアの差はぼやけ、且つ、小さくなっています。それでも、喩え携帯電話に付いているカメラで撮った写真でも、ちょっとした構図の取り方やライティング、シャッターチャンスなどでプロとアマの差は出ると思うのです。
 そんな風に確かに差はあるのですが、その差を付けようとすると、付け方を知っているだけでなく、その付け方を実行しなければなりません。経験から反射的にできることもありますが、えてして、けっこうな労力と時間を要したり、頭を使ったりするものなのです。だから、プロは報酬をもらえるとも言えます。上記の理由で、だんだん貰えなくなって来てはいますが…。
 小生の場合、勤務先の職分から、どうかすると1ヶ月に1枚も写真を撮らない時期もあるだけに、勘を維持するためにも、ブログ用にでも撮れば良いとは思うのです。けれど一方で、自分で納得いかない写真は出せないという気持ちもあります。となると、それなりの労力や時間を注ぎ込まねばならず、うぅ〜ん、どうしようかと悩んでしまうのです。(しんぼー)

努力しようにも、努力の仕方が…
 またまた勤務先の企画締切が近づいて来て、うんうん唸っております。炊事洗濯掃除をはじめ、衣替えや扇風機の掃除と収納、銀行郵便局まわりなどは滞りなく出来ています。それに、自主制作モノの編集も夜に1、2時間ずつですが進められ、仕上げ段階に入っています。また、既に通った企画の取材や撮影も順調です。けれども、ネタ探しだけは、遅遅として進まないというか、見つからないのです。
 これまでに自分なりに編み出した企画立案に有効なことはやっているのですが、どうも2、3年前からスランプです。インターネットでヒット率の高い文言を使って検索をかける。図書館で新聞の特に地方版の記事に注目する。本屋で雑誌や新刊書を鳥瞰する。県庁などで自治体広報誌に目を通す。映画や芝居を観る。飲み屋で聞き耳を立てる。きょろきょろしながら街を歩く。全部やってはいるのですが、やったからと必ずしも、何をするのが良いと閃いたり、面白い人物が見つかったりするものでもありません。かといって、他の手立ても思い付きません。
 どうしてネタ探しだけが、こうも悩ましいのか考えてみました。家事にしても、事務にしても、取材執筆や撮影、編集にしても、それらは既にしなければならないことや目標がハッキリしているから、時間を作って力で押していけば出来てしまいます。ところが、ネタ探しは、時間と力は必要ですが、それだけでは十分でないからです。しなければならないことや目標、それ自体を探しているからです。要は閃きさえすれば、あとは1、2日で情報を集め、打診して企画書にできるのです。ところが、その閃きが、うぅ〜ん、閃かないのです。
 まぁ、閃きを必要としない仕事の報酬は、概してそれを必要とする仕事より低くなっています。やはり報酬は仕事の難易度にスライドしているようで、会社にしてみれば、払っている給料に見合った内容の仕事をせよということなのでしょう。しかし、一個の人間として持ち得る視野や視点に限界を感じ、努力しようにも努力の仕方が分からず、うんうん唸っている次第です。(しんぼー)
 
 
 

テーマ:創造と表現 - ジャンル:学問・文化・芸術