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しんぼー/Shinboh

Author:しんぼー/Shinboh
フォトジャーナリスト
Photojournalist
詳細は下記サイトへ
ルポ集『東南アジアの人々』
"People in Southeast Asia"

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フォトジャーナリストの戯言
取材に基づく記事やビデオリポートではなく、日々の戯言
ベトナムへ ”田作の歯ぎしり”でも
Vietworkers 7月はカンボジア、今度はその東隣りのベトナムです。主に『ヤフーニュース』で2、3カ月に一本のペースで取材・報道していこうと、いま国内取材を進めながら、現地と連絡をとって準備しています。東南アジアをライフワークとしてきた小生としては、日本で働くベトナム人が急増している現象をベトナム側から見てこようというわけです。より客観的に今の日本、そして世界が浮き彫りにできそうで現地取材が楽しみです。

 写真:コンビニ弁当工場へ終夜勤務に向かうベトナム人ら=午後8時半、盆休み中の神戸市で
 中国の若者たちが「就学生」として日本へ働きに来ていたのは一昔前。経済発展を遂げる中国からは、今や一般市民が家族連れで観光に来ています。そして、ベトナム人の「留学生」や「技能実習生」が、中国人を追い越そうとしています。ベトナムの人口は中国の10分の1以下ですから、本当に多くのベトナム人が日本に来ていることになります。
 その背景には、この国も先進工業国の例に漏れず、失業保険や生活保護などと最低賃金が殆ど同額だったり、逆転したりし、3Kなどと呼ばれる単純労働に慢性的な人手不足があります。加えて、日本では少子高齢化による人口減少が急速です。さらに、日越間には依然として大きな経済格差がある上に、彼らが歴史的に中国を嫌っている一方で、日本へは比較的簡単に働きに行けるという官民の合意や申し合わせまでがあります。
 今日より明日、今年より来年の方が幸せになれると期待できれば、人は頑張ることができますが、その逆は忌み嫌います。ベトナムでは個人の生活でも、社会のインフラでもまだまだ開発の余地があり、人々にも意欲があります。しかし、幸せをモノやカネに求めていては、どんどん不幸せになるのがこれからの日本です。こうした幸福観を変える時代かとも思いますが、人の性が変わることはないでしょう。人口が下げ止まり、身の丈に合った経済力となれば、暮らしやすい世の中になるのでは。小生はそんな希望的観測しか持てず、こうした報道も“田作の歯ぎしり”に終わることは判っています。それでも、これが自分のライフワーク、ベトナムへ行ってきます。(しんぼー)


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テーマ:働き方 - ジャンル:就職・お仕事

カンボジアから帰国、古都を引き揚げました
 看過できない総選挙をカンボジアで1週間取材してきました。写真=年々高層ビルが増えるプノンペン。変わらぬのは手前のトンレサップ川と王宮だけ
 帰国して2日後、引っ越し業者の都合でアパートを引き払うために古都へ。半年も住むと通りや店に親しみを覚え、新しい友人知人もできて、仕事でこそ相性が良くなかった街も満更ではありません。しかし、今夏の日本は熱帯カンボジアより暑く、盆地はその極致。引っ越し作業は楽ではありませんでしたが、暑さ対策には慣れているので、連日ニュースで注意喚起している熱中症にはならずに済みました。
 ということで、これからも全国海外・長期短期を問わず出張はしますが、引っ越し代や家賃をペイするほどの報酬がない限りは、もう自宅に拠点を据えて仕事して行くつもりです。20年以上前でも月刊誌で発表する場合は、原稿や写真を郵便やファックスで送り込み、ゲラをファックスでやりとりすることで全国どこに住んでいても問題はありませんでした。今や日刊紙やテレビでさえインターネットで即応できる時代になっています。今回のカンボジア・リポートは歌の文句ではありませんが、時の流れに身を任せてネットニュースに出す予定で、いま編集の真っ最中です。
 近年、カンボジアやタイ、フィリピンなど東南アジアに限らず、制度は一応民主主義で選挙もやっているにも関わらず、欧米でも強権的な指導者が目立ってきています。誰もが納得できる一番マシな制度なはずですが、何がそうさせているのでしょうか。カンボジアは日本が初めて国連PKOに参加した地で、日本人の明石康氏率いる国連暫定機構が多党制民主主義を移植しました。それから四半世紀が経ったわけですが、いまカンボジアでは時代が逆行しているような状況です。自由と公正がなく、投票日を待たずとも結果が明白な選挙ですが、その結果を入れて来月初頭に発表します。お時間がある方は、どうぞご覧になってください。(しんぼー)

1年2カ月ぶりの新しい記事
 個人サイト『東南アジアの人々』に、ようやく新しい記事を加えられました。前回の更新、一昨年12月にラオスを取材して以来、1年2カ月ぶりとなってしまいました。それは、定年退職から年金受給までの5年間になかなか見通しがつかず、経済的にというより精神的に不安で、万年赤字のライフワークを再開できずにいたからです。Same as before
 久しぶりの自主取材は自分の原点に戻り、最も多く取材してきたカンボジアにしました。民主主義とは名ばかり、三権は全くと言ってよいほど分立しておらず、長期政権の独裁体制となっています。ポルポト時代の禍根と熱帯の国民性でしょうか。ちなみに、北隣りのタイは軍政下のままですし、東隣りのベトナムはずっと一党独裁の社会主義国ですが、カンボジアより遙かに経済開発が進んでいます。地政学的な条件や一国の歴史上の位置は致し方ないとして、それなりに自国に腰を据えて仕事をする人の割合が、両隣の二国はカンボジアより高いからでしょうか。
 また、遠くカンボジアにいて、逆に日本やアメリカ、中国などの近年の風潮を思わずにはいられませんでした。どこでも経済至上主義のようになり、日々の暮らしさえ安定し、そこそこ喰えていたら、違憲であろうが、モラルが低下していようが、殆どの人が問題としないという。「衣食足りて礼節を知る」ならば、衣食の過不足は一人当たりのGDP?いや、通信や運輸が発達した現代では、格差や二極化が元凶?
 断片的にしか伝わって来ないカンボジアの現状を見聞して来ましたが、運動家の檄文のような記事は書きたいとも思いませんし、書けません。ただ、日本は貿易立国ですし、人口減少が著しくなる中でこの生活を維持して行くには、これまでにない規模と深さの人的交流が不可欠です。そこには『東南アジアの人々』との付き合いも大いに含まれています。ひとり一人が、自分たちの代表が、どう付き合って行けば良いのか。それを考えるための材料になればと思っています。『移植された民主主義は…』をアップしました。ご一読いただければ幸いです。(しんぼー)


22回目のカンボジア
 社員たちで手が足りている時期には、派遣ディレクターには仕事が付きません。体が二つ三つないとコナセナイ量の仕事を同時に言われたのは、つい先月のこと。その差が極端なのはさておき、小生は「これ幸い」とライフワークの東南アジア取材に来ています。派遣先への手土産代わりに、往路立ち寄ったタイでも、ちょっとした企画取材をしてきましたが…。Phnom Penh in China 
 さて、若い頃は東西冷戦という構図の中でしたが、今は最早アメリカ一強でもなくなり、中国が音を立てて拡張しています。そんななか民主化に逆行するような東南アジアの動向について、欧米の国際メディアこそ注目しているようですが、日本のメディアは全国紙が外信(国際)面でたまに触れているだけです。日本も参加した国連統治下でカンボジアに"移植"された民主主義は、熱帯のこの風土になかなか根付かないようで、色々と考えさせられます。
 記者を現地へあまり出張させず、原稿がそうした扱いになるのは、受け手やスポンサーの需要がその程度で、商業メディアとして採算が取れないからでしょう。現場を踏めなかったり、トンボ返りだったりして、政府発表や伝聞が殆どの短い記事で、実情や内外の温度差を伝えるのは容易ではありません。企業ジャーナリストは安定収入と引き替えに、"売れ筋"の対象しか取材できません。それが多くの人たちの関心や時代に呼応しているわけで、ある意味、ニュースバリューがあるからです。
 小生はそうした難しいことを到底解決できないので、東南アジア取材は万年赤字の趣味として続け、この国での取材も22回目となりました。初めて来た時は、まだ内戦中で政府軍と行動を共にし、腹を壊さない飲み水をはじめ、扇風機どころか照明の電気にも困り、日本へ電報すら届かなかったものでした。あれから31年。今このブログはエアコンの効いた清潔なホテルで打ち、部屋からアップしています。帰国しましたら、また個人サイト『東南アジアの人々』に新しい記事を掲載します。ご期待ください。(しんぼー)

テーマ:国際政治 - ジャンル:政治・経済

公私の狭間で
 今月と来月は東南アジアへ出張続きで、このブログもバンコクのホテルで更新しています。勤務先の仕事なので守秘義務があり、具体的には書けませんが、要は一つの事業を東南アジアの国の人たちと共同でやっています。小生は過去29年間、自主取材のために東南アジアへ通い、その過程で人脈を培い、信用を得ることが出来ました。今それを一気に放出しているような感じです。downtown_bkk 
 破格の低予算で日本のスタンダードに合わせ、期日に間に合わせるという仕事で、間に立って現場で実務を進める身は、文字通り板挟みになっています。気持ち良く仕事をしてもらい、円滑にコトを運ぶためには、立て替えたり、イロを着けたり…。初対面でその場限りならいざ知らず、長年の付き合いがあり、これからも取材などで力を借りたい旧友たちやその友だちだけに、我が身を削るしかありません。
 長年、自主取材のテーマとしてきたことが「南北問題」や「格差」です。その中でいつも思うことは、東南アジアには東南アジアの自然環境に育まれた価値観や、歴史文化に呼応した流儀があり、それを日本などの先進工業国に合わせるか否かは彼らが決めるべきことだと思うのです。しかし、ひとたび共同事業となると、互いに歩み寄るしかありません。且つ、イニシャティブを取っている側がその決断を迫ったり、急かしたりしがちです。
 個人として付き合ってきた東南アジアと、所属企業の一員として付き合うというのは、まさに公私混同。自分の考え方や習慣を変えてまでも、収入を増やしていきたいとは思っていない人たちが少なからずいます。現金収入より大切にしているコトやモノを持っている人たちは、一つの国の中でも大昔から必ず一定の割合でいたと思いますが、国境を跨ぎ異文化ともなれば、さらにその異差が際立ちます。知人友人が間を取り持って窮地に立たされたケースは幾つも見聞きしてきましたが、やはりストレスはかなりのものです。(しんぼー)