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しんぼー/Shinboh

Author:しんぼー/Shinboh
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Photojournalist
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ルポ集『東南アジアの人々』
"People in Southeast Asia"

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フォトジャーナリストの戯言
取材に基づく記事やビデオリポートではなく、日々の戯言
半年で転進 生涯現役を目指して 
アパート近くの池 「大阪で震度6弱」の地震があったことは、皆さんよくご存知か自ら遭われたことと思います。雲仙普賢岳や阪神淡路、玄海西方沖、東日本、熊本などで、また、台風などによる土砂崩れや洪水の取材も幾度となく取材・報道してきました。しかし、派遣ディレクターでは、そうした経験を活かせません。写真はアパート近くの灌漑池の鵜。そのアパートも来月末には引き払います。
 定年後なので、敢えて小規模な所で力になれればと思ったのでした。しかし、「このままで良い、それはやりたくない」と言われてしまっては、力になりようもありません。早朝深夜に亘る取材や突発に対応できるようアパートを構え、地ネタを取ろうと何軒かの飲み屋などで馴染み客にもなりましたが、そういうことも求められていないと判りました。
 ということで、派遣ディレクターは今月末までとしました。来月は総選挙取材でカンボジアへ行き、その後は一本毎に持ち込んだり、請け負ったりするつもりです。そうしたフリーランスは30代に東京で6年間やったことがあります。
 「石の上にも3年」とは言いますが、石の上に3年どころか10年、20年いる人を見て確度の高い予測がつきます。小生は若い頃から経営には興味がありませんので、これ以上の深入りはしません。今回は僅か6カ月での転進ですが、前向きに生涯現役を目指しますので、今後共どうぞ宜しくお願い申し上げます。(しんぼー)


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ぶらぶらしているより遙かにマシ
Cherry blossoms in Ashiya
 10日ほど早かった桜も散り、古都で仕事を始めて3カ月半が経ちました。振られる仕事は軽い街ダネやグルメ、季節モノといった感じか、そうでなければ“ありました原稿”のリライトや再構成です。地域の問題点を深追いすることは求められず、中央や世界の動きに対する地元の反応を軟派や地方版感覚で展開することもノーサンキューと言われます。かといって、一人の人間に密着して、その人の生き方に迫るような企画にも乗ってきません。
 それでも習い性というのでしょうか、古都のアパート泊の夜は色んなタイプの飲み屋を開拓中です。また、アングラ情報の通との交流にも努めています。業種や交友関係が違う人たちとの四方山話から、社内や発表モノでは決して得られない発想やネタを頂戴したことが、これまでに何度もあったからです。
 東京で仕事をしていた30代は、フリーランスのジャーナリストやディレクターとしてキー局でニュースの特集やドキュメンタリー番組をかなり自由に作っていました。しかし、その後放送局の社員として記者やディレクターをやっていた20年のうちに、業界の体制はがらりと変わっていました。近年はフリーランスとは契約しなくなり、制作会社に属すか、派遣会社を経由することが求められます。ということで、今の身分はハケン。しかも、プロデューサーではなくディレクターとしての派遣ですので裁量権が殆どなく、企画会議にも呼ばれたことがありません。
 60を超えると途端に敬遠される社会のようですが、生涯現役でいたい小生にとっては、定年後ぶらぶらしているよりは、これでも遙かにマシ。限られた取材対象の中にも、どこかで自分なりのエスプリを利かせられないか、担当番組を少しでも面白くできないかとは思っています。(しんぼー)

ストライキ?!宅配便で
 仕分け作業について1時間ほどが経った時、集荷トラックはどんどん到着しているにも関わらず、なぜかベルトコンベアの荷物がピタッと途絶えました。手持ち無沙汰にしていると、40代半ばのリーダーが「この時間帯、運転手たちが荷下ろしを止めているんだよ、残業代が払われないから」。ストライキ?労働組合の活動ならば、今どき珍しくありませんか。「この後一気に流れてくるから、忙しくなるよ」。彼は賃金闘争などに興味はなく、とにかくそのシワ寄せが回ってくることを嫌がっているようです。それにしても、労組ならば「残業代払え!スト決行中」といった立て看板やビラなどを用意して社外の人にもアピールし、外圧も利用するのが常道ですが、ただ荷物が止まっただけで、彼の説明がない限りなにも分かりません。ネット通販の激増に伴って、宅配便業者は深刻な人手不足という新聞記事を何度か読み、今回はその実態を見に行ってきました。 
 派遣労働者が交代を待つプラスチック製のベンチが並ぶ一室。そこに置かれたテレビでは、仕事の流れや注意点などを説明するビデオがループ再生されています。小生は初体験の職場なので一言一句聞き逃さないよう食い入るように見ていましたが、いざ仕事が始まるとビデオと実際のギャップの大きさに戸惑うばかりです。ボックスカートは両手で後ろから押すようにと指導していますが、次々と荷物が押し寄せる現場では2台のカートを両手で引いて移動させなくては間に合いません。また、手甲やアキレスガード(脚絆)を着けるよう促していますが、派遣に用意されているのはヘルメットと安全靴だけ。ケガには至りませんでしたが、小生は荷下ろししていたカートと動いてきたカートの間に手を挟まれました。ダイレクトメールといった軽い荷物も沢山ありますが、そうした軽いものは一つの箱に100通、200通とまとめて入れてあるので、結局どの荷物も重いことに変わりありません。問題は重量よりも、速さです。仕分け1個にかける時間は4秒とか。荷物の正面や真上まで足を運んで、腰を入れて持ち上げていては、流れについて行けません。どうしても斜めに腕を延ばして荷物を持ち上げることになるので、腰や腕が痛くなります。
 ビデオで目に止まったのは外国語の字幕です。タイムカードの氏名欄を見たり、周囲のざわめきに聞き耳を立てたりすると、先日の食品工場ほどは多くなさそうですが、やはり外国人労働者に相当頼っている様子です。そして、その字幕は英語ではなく、ここでもベトナム語。ベトナムの一人当たりのGDPは約2、300ドルとタイの半分以下ですが、人口はタイの1.5倍の9千200万超え。識字率は95%と高く、勤労な国民性、飛行機の直行便が増えたことなども鑑みると不思議ではありません。単純作業と力仕事、夜勤、ケガをする危険など、そして何よりも正社員採用の可能性や昇進昇給がない職場では、日本人や日本に定住している外国人は労働意欲を削がれて自然です。若いころの短期間、或いは、年に何度かならば耐えられる人は多くいるでしょう。人手不足になるのは、それが息つく暇もなく、来る日も来る日も止め処なく続くからだと思います。宅配便の需要が拡大するなか、この業者だけですでに20万人以上が働いていますが、さらに1万人近く補充するとのこと。Waiting for the last train一部地域では試験的に週休3日制を唱って募集しているそうです。また、短期派遣の求人も連日ネットに上がっていて、人数が揃わない日には「急募」と見出しが立ち、普段は付かない交通費や時給の上積みが見られるといった具合で、労働力の確保が難しさを増しているようです。
 約1時間ずつ、ラベルにあるバーコード登録をはじめ、親番(地方)と子番(都道府県)の仕分けの他、ボックスの移動や積み込み、積み下ろしも、小生は一通りやりました。初めてだったので、どのセクションも手伝えるようにするための教育システムかと察します。終電に間に合う時刻で交代する小生に、前出のリーダーが笑顔で「また来てよ。よろしく」と。しかし、この日の午前中、これまでの経験を活かせる仕事が年内に入る連絡があったのです。適職が見つかるまでの空き時間を無駄にしないために始めた日雇い派遣の体験取材でしたが、これにて打ち止め。もっと見たいという好奇心と、もう懲り懲りという疲労感を交錯させながら、翌朝まで働く人たちが降りたバスに乗り込みました。(しんぼー)

テーマ:働き方 - ジャンル:就職・お仕事

体験、コンビニ弁当工場
 「交代がいなくて、トイレにさえ行けないんですよ」。非正規雇用の取材で、フリーターユニオンの組合員が泣きそうな顔で話してくれたことがありました。ベルトコンベアで次々と流れてくる弁当トレイにご飯やおかず、透明シートなど、それぞれが担当するモノを盛りつけていくという作業。そんな弁当価格競争の現場を自ら体験してきました。
 その日は日曜日でしたが、最寄り駅から工場へ向かうマイクロバスは満席。運転席のラジオから朝のニュースがかすかに聞こえてくるだけで、口を開く人は誰一人いません。何でも日本語検定の試験日で、外国人の工員がごっそり休んだ穴を派遣労働者で埋めるとのこと。場内の掲示物全てがベトナム語との併記になっています。少数の中国人とフィリピン人を除いて、工員の7、8割がベトナム人だからです。各セクションのリーダーも、日本語がある程度できるようになったベトナム人が担っています。厚労省によると、外国人労働者数は去年108万人と過去最高を更新し、中国人に次いでベトナム人が多いのですが、伸び率はベトナム人が1位。日本人はといえば、事務所内と工場では監督、そして、外国人労働者の不足を補填する派遣といった具合です。この企業のホームページには高卒で19万、大卒で22万円が初任給と。社員は営業や管理、商品開発などに当たり、工場での単純労働は最初の研修時だけのようです。工場の現業職でもベトナム人は日本へ出稼ぎに来ることで5倍ほどの収入になりますが、自宅も家族も日本にという日本人にとっても時給は1,000円ポッキリ。手練れの日本人女性が新入りの派遣を罵倒しています。1分もかからない作業手順の説明を怠っているからなのですが、きっとこの人はかつかつの生活で、人生おもしろくないことばかりなのだろうなと想像してしまいます。
 始業は午前9時。小生の場合、最初の1時間は天板に食材を並べ、タレを塗って、オーブンに入れる作業。その後2時間半は、オーブンから出てきた天板を食洗機にかけ、タレと油のこびりつきを手洗いで落とします。場内の移動に時間がかかり正味45分になった昼食休憩後は、話に聞いていた弁当ラインに6時までつきました。幸い便意はもよおしませんでしたが、空になったバットを取り替えたり、規定通りにとやり直したりすると、その間にもベルトコンベアは容赦なく流れて行ってしまい、パニックに陥ります。若い頃、炎天下の甲子園球場で高校野球を1日4試合取材した日々を結構ハードだったと記憶していますが、今回はそれ以上に過酷な仕事でした。野球は点差が開けば逆転のチャンスが来るまで、ちょっと気を抜いていても問題ありません。1点を争う緊迫した試合でも、イニングの合間には隣の仕事仲間と雑談くらいし、一試合終われば一服もできたものでした。また、選手の特徴やチームの戦績を頭に入れておけば、集中力や体力の配分もできました。しかし、機械に合わせなければならない食品工場は、そうした要領が一切使えず、正にロボットになった気分です。On my way back
 送迎バスを降り、駅までの高架下を歩きながら、あれこれ思いました(写真)。「労働者の健康と志気、製品の品質管理のためにも90分毎くらいに小休止を入れるべきだ。ラインを止めたり、交代を用意したりすると競争に負け、受注できなくなるのかな?あれだけ多くのベトナム人が単純労働しているけど、週28時間以内か日本人と結婚した人たちなのだろうか?そもそも二国間の経済格差を利用しての労働力調達も、本人たちの自由意志とはいえ、不条理を感じる。さっき作った弁当は今日の日当で20食も買えるじゃないか。そこまでダンピングしなくてはならない?たとえ弁当が100円高くなっても、栄養失調や餓死者は出ず、不買運動も起こらないだろうに。……。……」。ことほどさように非正規雇用の厳しい現場をヘロヘロになりながら感じた体験でした。(しんぼー)

テーマ:働き方 - ジャンル:就職・お仕事

定年退職しました
retired 60歳の誕生日に勤務先を定年退職しました。所属部署や仕事仲間、そしてネタを提供してくれたり、取材に応じてくださっていた人たちが、それぞれ送別会を催して下さり、計8回と嬉しい悲鳴です。ちなみに、うち3回はこれからです。赤いネクタイや大きな花束、餞別などを頂いていますが、何よりも多忙な皆さんが参集して下さったことに感謝しています。
 同時に、好き勝手なことをやっていたにも関わらず、取材中に事件事故に巻き込まれたり、自ら起こしたりして皆様にご迷惑をかけずに済んだと、我ながら今ホッとしています。また、小生の取材スタンスや制作手法を惜しんでくれる人達もいて嬉しく思います。
 以下は勤務先の社内報に250字で寄稿した挨拶です。
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 中途入社の小生はこちらでお世話になる前、新聞で12年、雑誌で6年仕事しましたが、結局テレビが19年と最も長くなりました。ずっと取材・編集の現場で働きたいというワガママを聞いて下さった会社には大変感謝しております。定年を機に福岡市での単身生活にピリオドを打って兵庫県芦屋市の自宅へ帰りますが、ジャーナリストは続ける所存です。ライフワークとして30年通っている東南アジアや、35歳まで暮らしていた関西で何か御用がありましたら、お気軽にお声がけ下さい。末筆ながら、皆さまの益々のご健勝お祈り申し上げます。
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 上記の通り勤務先を去り、引っ越しても、心身が耐えられるまでこの仕事は続けますので、当ブログ『フォトジャーナリストの戯言』と個人サイト『東南アジアの人々』を引き続きどうぞ宜しくお願い申し上げます。(しんぼー)