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しんぼー/Shinboh

Author:しんぼー/Shinboh
フォトジャーナリスト
Photojournalist
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ルポ集『東南アジアの人々』
"People in Southeast Asia"

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フォトジャーナリストの戯言
取材に基づく記事やビデオリポートではなく、日々の戯言
企画はキツイ!
 テープ起こしやダビングなら「何時でも来い」ですし、対象が決まっている撮影や台本のある編集といった仕事なら力で押し切れます。ですが、何もないところから企画を立てるのは、やはり何年やってもキツイものです。
 慣れや経験は企画以外の仕事ではモノを言いますが、思いつきや勢いが大切な企画には、ない方が良いのではと思ったりします。つまり、長くやっていると、何を見ても、以前にやったように思えて、“焼き直し感”がないテーマや対象は、なかなか見つからないのです。
 もちろん、確実に頭も固くなっていますが、時代背景が違ってきているとか、「あれは、もう時効」と言ったところで、いつの時代も人間は人間です。まぁ、だからこそ、時代を超える名作もあるわけですが、私が同じテーマでやると、役者と大道具を入れ替えただけの駄作間違いなしです。
 旬の事象は、当然だれもがやっているので、かなりの変化球でないと恥ずかしいことになります。かといって、隅狙いは一般との強力な接点を作れない限り、大冒険になります。先にお代を貰っているような仕事なので、個人的に興味があるサブカル的なことは出来ません。ならば、普遍的なテーマで突っ込むと、とても表に出せないようなドロドロした話が出てきたり、プライバシーを楯に取材拒否に遭ったりします。
 頓挫させて、穴を開けるなんてことは、もってのほかです。内容が薄いからと、過剰演出はいけません。おだてすかして最後まで撮っても、方向性や次元の違う話が入り込んでくると、散漫になります。ならばと、取材着手後に得たもので纏め直すと、美談だった筈の話が往々にして問題提起や追及、皮肉になってしまい、そのまま発表したら訴えられる可能性もあります。
 カネを渡して撮らせてもらっては、ヤラセと言われても仕方ありません。ですから主人公というか、話の芯になる人は結局、次の三者のどれか、もしくは、その掛け合わせになります。(1)生来の「目立ちたがり屋」や「出たがり」、(2)メディアの功罪が良く分かっていない高齢者や障害者、(3)宣伝・販促にメディアを利用しようとしている企業人や個人。
 正直言って、こうした人たちには、食指が動きません。了承が得られる人は、突き詰めれば上のどれかに当てはまるのではないかと憂鬱です。理想は、まず自分が素直に共感できる人。そして、乗せる必要もなく、乗せられることもない人なのですが、見つかったとして、果たして話が持つかが、また不安です。(しんぼー)

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テーマ:TV番組 - ジャンル:テレビ・ラジオ

なぜ車を運転するの?
 悲惨な死亡交通事故から、このところ飲酒運転に対する警鐘がうるさいほど鳴らされています。たとえ警察の取り締まりが厳しくなくても、道交法が機能していない国であっても、飲酒運転が危険なことは言うまでもありません。そもそも、人の何十倍もの力が出て、重量のある機械は、それを運転している人のちょっとした不注意が大事故に繋がり、非常に危険なものです。工場建設機械や船舶、発電所なども然りです。
 公共交通機関や物流を支えるプロドライバーは車を運転することが仕事ですし、安全に人やモノを運ぶことで報酬を得ているわけです。彼らには「大変なお仕事、ご苦労さま」と言いたいですし、万一事故を起こした時も「業務上過失」が付いて尤もだと思います。しかし、不思議なのは、自家用車以外に交通機関がない僻地に住んでいるわけでもなく、肢体が不自由でもないのに、どうしてこんなに多くの人が自動車を所有し、運転するのかということです。運転者一人しか乗っていない大排気量の車などを目にすると、環境や資源のことも考えてしまいます。ヒトの自己実現欲と、その欲望で経済を回すためでしょうか。
 自動車免許は私も31年前から持っていますが、自家用車を持ったことは一度もありません。どうしても仕方がない時にはレンタカーを利用しています。ですが、それは列車やバスが日に数本といった地域へ行くか、最寄りのターミナルから目的地へはタクシーでは遠すぎる時だけ。実際、そんな僻地への出張は年数回しかありません。私は近距離だと自転車を愛用しているのですが、さすがに真夏や厳冬、荒天時には車で移動している人を羨ましく思うことがあります。また、たまに自分で車を運転すると、エアコンまで効いていて、どんな坂道でも汗ばむことすらない快適さに誘惑があることは認めます。そして、自分が疲れ知らずのスプリンターになったような快感に、車をスポーツや趣味として楽しむ人たちの気持ちも分かるような気がします。
 それでも、一瞬の不注意が死傷者を出し、不本意にも加害者になり、人生が暗転する危険と隣り合わせです。経済性も車体本体に車検、修理、保険、燃料、駐車場などを考えると、都市や都市近郊に住んでいる限り、バスと鉄道、タクシー、レンタカーを組み合わせているより高く付きます。プロドライバーは誰かがしなくてはならない仕事ですが、車が不可欠でない人が、事故のリスクまで負って、なぜ積極的に車を運転するのか。それが理解できない私は、変わり者なのでしょうか。(しんぼー)


 


テーマ:交通事故 - ジャンル:車・バイク

「趣味は仕事」?
「趣味は仕事!」という人は、少なくありません。ですが、その仕事が楽しくなければ、非常に不健康なことだと思います。そう自分に言い聞かせているうちに、感覚鈍麻に陥って、ストレスが貯まっていることにすら気付かないようになっているかも知れません。
 写真や映像、文章が日常の業務になっている私にとって、趣味は音楽でしょうか。しかし、番組にBGMを付けるようになってからは、個人的には興味のないジャンルの音楽も聴かなければならなくなりました。
 まぁ、それはさておき、久々の休みに半年ぶりくらいで、アルトサックスをケースから出しました。10分も吹くと口が痛くなり、指は廻らないし、曲も覚えられなくなっています。「楽器が泣いている」とは、このこと。音楽を冒涜しているような自分に嫌気がさし、練習は30分と続きませんでした。
 スポーツジムも体力維持のために行かねばならないと義務的に行っていますし、どうも、楽しめる趣味が持てません。いろいろな趣味のハウツー本は腐るほどありますが、楽しみ方について書かれた指南書は見かけません。自分のためにも、ちょっと考えてみようかなと思っています。(しんぼー)

テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽

干される不安
 久しぶりに自炊し、アパートで夕食を取りました。1か月ぶりくらいでしょうか。昨日は深夜まで働き、明日日曜も昼から仕事ですが、今日は思い切って、月曜からの仕事を前倒しせず、アスレチックジムやスーパーへ行き、ウェッブサイトの更新をしました。
 自己分析するに、やはりフリーランスを経験した者の業、プラス私の性格なのでしょう。出来高払いでない月給を貰っていると、「手抜きと言われない、干されないのは、このくらい? もうちょっとやっておくべきかな」という不安が、いつもあります。それで、ついつい休みや自宅でも会社の仕事をし、企画も多めに出してしまうことになります。給料は労働者の当然の権利だとタテマエでは分かっていても、何か強迫観念のようなものが頭を離れません。
 学校を出て、直ぐに入社し、リストラにも遭わず、転職もせず、ずっと同じ会社で働いている人たちは、月給は貰えて当たり前という感覚になっても不思議ではありません。一方で、正社員での就職が難しくなり、終身雇用制も崩れている現代です。いまの若い世代は、一体どんな仕事観を持っているのでしょうか。そんなことを考えた休日でした。(しんぼー)

テーマ:ひとりごとのようなもの - ジャンル:日記

以前より空しくなること
「居場所」だとか、「自分探し」という哲学めいた言葉が、平素よく使われるようになったものだと思います。
 自分の居場所を見つけて、その場所が受け入れてくれれば「居場所」になります。探し出した自分を周囲が認めてくれなくても、「自分探し」はできたことになるのでしょうか。
 前者は社会に受け入れてもらうことが、後者は他人に認知してもらうことがそれぞれ難しく、自己完結できれば良いですが、何も考えていなかった時点よりも余計に空しくなったりすることの方が多いようです。
 自分の存在に、これといった価値や意義はなく、存在しなくてもよい人間であり、いない方がモノを消費せず、少なくとも一人分は生存競争を激しくせずに済むと。そして、そんな自分の居場所は非常に限られていることに気付くからです。
 職場は元より、営利のため、報酬を得るための集団ですから、こういう輩は葬られても仕方ありません。ですが、友愛で結ばれているとされる恋人同士や夫婦、家族、友達といった関係においても、貯金がなく、収入がゼロになり、借金を作っていては、関係を維持することが難しくなるでしょう。
 なぜなら、人並みに暮らせ、たまには買い物や遊びに行ったりするカネがあることが、“見えない大前提”となっているからです。(しんぼー)
 

テーマ:ダメ人間日記 - ジャンル:日記