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しんぼー/Shinboh

Author:しんぼー/Shinboh
フォトジャーナリスト
Photojournalist
詳細は下記サイトへ
ルポ集『東南アジアの人々』
"People in Southeast Asia"

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フォトジャーナリストの戯言
取材に基づく記事やビデオリポートではなく、日々の戯言
マスコミの横暴
 勤務先の仕事で祭りの特番をやりました。その中で、早くから来て場所取りをしていたスチルカメラマンたちの前へ中継カメラが割り込んで、アナウンサーが仁王立ちでリポートをしました。
 小生がその邪魔されたスチルカメラマンだったら、自分の写真が撮れなくなるので、中継カメラのさらに前へ移動していたでしょう。と同時に、仁義をわきまえないカメラマンの名前を聞き、しかるべき措置を取ったと思います。
 だから、現場責任者だった小生は板挟み。とにかく「すみません、すみません」としか言えませんでした。後から来ても、その位置で撮りたいならば、場所取り要員を配置しておくべきですが、社内でそんな提案をしても、不要だと却下されるのが明らかです。
 たとえ、公共放送とか、ニュース報道の使命なんて“大義名分”を言っても、会社も社員もそれで利益を上げているわけですから、周囲にしてみれば「なんでお前が金儲けするために、こっちが泣かねばならないんだ!」ということになります。
 「すいません、すいません」としか言えなかったのは、マスコミ内部には小生のように両側を経験した人は少なく、その邪魔されたスチルカメラマンが出るところへ出て、外圧をかけてくれないことには、マスコミの横暴は直らないと分かっていたからです。そして、もう一つの理由。小生は撮影にも、取材にも誰も来ないところで報道に値するものを見つけるのが一番良い、こんなところで勝負しても…と思っているからです。(しんぼー)
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経済学者ではないけれど
 産油国と戦争になっているわけでもないのに値上がりする一方の石油や、不祥事があるとまだまだ食べられる食品が捨てられたり、近頃どう考えてもおかしいと思えることが続いています。
 自由価格は需要と供給のバランスで決まるのは言うまでもありませんが、コトの元凶は、ビジョンを持った投資ではなく、その場限り、値上がり分を稼ごうと投機する企業や個人が多すぎるからではないでしょうか。
 マグロや牛肉が倍の値段になって盆正月にしか食べられなくなっても、車を使わず徒歩や自転車、バス、鉄道ばかりで移動しても、小生は暮らしていける自信があります。こんなことが言えるのも、番組や記事などは投資や投機の対象にはならず、初回こそ商品価値があっても、再放送や再掲載では二束三文になってしまうものなので、小生が“蚊帳の外”にいるからかも知れません。
 実態があろうがなかろうが、大量消費が環境を破壊し、資源を枯渇させようが、とにかく経済というものは廻れば良いという考えが、結局のところ罷り通っているからでしょうか。社会主義の統制経済が良いとも思いませんが、経済学者ではないので良く分かりません。しかし、次回自主取材の底流では是非この問題に取り組もうと思っているこの頃です。
 ちなみに、前回の自主制作分はこの土日、久しぶりに編集に時間を割け、個人サイト『東南アジアの人々』へ近々アップできる見通しがついてきました。ご期待ください。(しんぼー)
 
嫌悪感との葛藤
 また、ですが、取材対象者に承諾を得られたからこそ着手したものが、取材途上でその人の気持ちや考えが揺れ始め、二件ほど難航しています。これまでにも何度もあったことで、仕方ないことと、どこかで開き直ってはいます。
 それでも、取材相手が動揺すると、まず連絡を取ったり、会ったりすることを避けますから、いくら「報道・ドキュメンタリーなのだから、あるがままを」と言っても、話や写真、映像がなければ、埒が開きません。自主制作ものなら、取材相手のペースで進めるのも可能なのですが、会社の仕事としてやっている場合は、会社と取材先の間で板挟みになります。追い詰められるように感じるのは、日当や経費が出ていて、絶対に穴は空けられないからです。
 相手が欲しがっていない、必要としていないモノやサービスを口八丁手八丁で買わせる仕事ではありませんが、ジャーナリストは相手が精神的に立ち入られたくないと思っている部分に踏み込まなければなりません。なかには、寂しくて、誰かに話を聞いて欲しく、「どうぞ、どうぞ、何でも聞いてください」という人もいますが、概して、そうした抵抗のないものは馴れ合いになったり、作る意味のないものです。
 かといって、相手の気が変わらぬうちに取材を終え、速攻出してしまうという手もありますが、薄っぺらになる上、その人が有名人でない限り、「で、だから、どうなの?」ということになり、成立しません。
 結局、ジャーナリストへの報酬というのは、普通の神経の持ち主ならば嫌悪感を抱いて差し控えるようなことを、身体を張って、臆面もなく推し進めることに対して支払われているんだろうな、と思っています。(しんぼー)