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しんぼー/Shinboh

Author:しんぼー/Shinboh
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ルポ集『東南アジアの人々』
"People in Southeast Asia"

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フォトジャーナリストの戯言
取材に基づく記事やビデオリポートではなく、日々の戯言
身動きとれない身体
 混乱を取材するためタイへ行きたいのですが、強引に行くと、大変なことになるので、行けません。民主市民連合がスワナプン空港を占拠し続けていても、ベトナム・カンボジア、香港、マレーシアなどを経由すれば入れます。
 1980年代後半から50回以上取材しているタイなので、あうんの呼吸で仕事ができる親友や、超多忙な時期でも会ってくれる政治学者もいます。また、タクシン元首相と一議員時代の現首相が来日した際、側近から泣きつかれて、難しい会談のコーディネーションに骨を折ったこともあるので、今度はこちらが無理を頼めます。
 しかし、明日は抱えている番組のMAとポストプロダクションという作業に立ち合わねばなりません。そして、それが終われば、すぐに別の番組の編集が待っています。こちらも自分で起こした企画なので、放っぽり出すわけにも行きません。また、会社は小生がタイへ行くことを望んでいませんし、既に他の社員を送り込んでいます。
 ラムカムヘン大学前のデモの時もそうでしたが、日本で安定した収入を得ていると、肝心な時に身動きがとれません。かといって、いつでも動ける、縛りのない仕事と言えば、アルバイトや派遣になりますので、いざと言う時に飛行機代もないといったことになりかねません。その上、その原稿や映像は売れたとしても、やっと取材費をペイできる程度。帰国後アルバイト先が見つかれば、まだ良しというところです。
 ということは、こうした突発対応は、皮肉にも年金が出るまで心身共に元気バリバリでいなくては難しいということでしょうか。(しんぼー)
 
 
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三連休でしたが・・・
 仕事があるうちが華なのは良く分かっています。けれど、三連休初日は被取材者の都合でロケ。2日目は編集準備で夕方から会社へ。3日目に至っては、もう普段と全く同じで朝から編集でした。今月は出張などで週末が悉く潰れていたので、ここらで1日休んで、会費が勿体ないことになっているジムで汗を流したい気分でした。でも、今週は会議で2回も編集の手を止められることが分かっていて、時間が足らなくなりそうなのです。
 完全週休二日などは望みません。ただ、月に5日ほど休める仕事があれば良いのですが、小生のような年齢になると、なかなか転職先も見つかりません。健康で元気で、オコガマシイ言い方ですが、技能や経験があって報酬は若い人と同じで構わないと言っても、しょせん需要がありません。上司が年下でも、差し出がましいことは一切言わないつもりなのですが、やはり年増女と同じで、中年オヤジもお呼びじゃないのでしょう。
 組織の管理職に向かず、かといって起業して経営者にもなりたくもなく、現場でモノを作っていたいという中年は、間違いなく沢山います。しかし、欧米のように生涯一記者とか、一カメラマンといった雇用スタイルがない日本では、小生のような者はつくづくか居場所がないと思うこの頃です。(しんぼー)
 
高枕で眠れます
 企画が見つからず2週間程のた打ち回っていましたが、本日の締切に2本出せました。あまりパッとはしませんが、他のディレクターが出してくるネタや、実際に放送されている番組を見ていると、まぁ、及第点はあるなという感じです。
 それと、何か見つかった時だけ、手持ちのネタがある時だけ出すのは、ある意味、アマチュアでもできることです。毎クール必ず締切に間に合わせて、そこそこのものでも探し出すのは、自分でやっていても、生易しいものではありません。
 もうこの業界で印刷媒体も合わせると28年。手は抜いていないつもりですが、「まぁ、こんなもんでしょ。これでクビなら、どうぞ」と開き直ることを覚えました。というのも、面白いものを作ろうとあまり無理すると、制作途上で転けたり、捏造やヤラセに手を染めてしまったりする危険も増すからです。
 これから年末にかけ、3本立て続けにやってくる編集のことは暫し忘れ、とにかく今日のところは、ホッ。高枕で眠れそうです。(しんぼー)
 
作家の条件
 純文学の人気作家と会食する機会がありました。「流石!」と驚いたことは、実年齢より10歳以上若く魅力的に見えるだけでなく、異性に対する好奇心が、年齢を超えてというより、とてつもなく旺盛だったことです。恋愛小説が多い方なので、ネタの仕込みと言えばそれまでですが、他人を取材するだけでなく、自ら赤裸々に語られる体験も、かなり奔放。小生も何冊か作品を読んだことがある人だったのですが、あれは等身大だったんだなとイヤに感心した次第です。
 それに加え、20年も、30年も第一線で書いておられる、書けているワケが分かったような気がしたのです。小生のようなウダツの上がらない人間が「感情の赴くまま生きれば、それに対する後悔や罪悪感のようなものから脅迫的にも創作意欲が湧き、常軌を逸した体験を基に独自のものが書けるだろう」と打算するのではなく、その作家は素でそういう生き方をされ、それがパワーとモチーフの源になっているように見受けられたからです。
 こんな陳腐な作家論は語れても、また、その真似事はできても、それを意識的にしているのでは、駄目です。知らないうちに、そうなっていなければ、ダメ。この辺りで小生は決定的な凡人であることを再認したわけです。(しんぼー)
インターネットの威力
「違ってたら、ごめんなさい。でも、あなたはもしかして私が30年前にイギリスで逢った人?」。こんな書き出しのメールが舞い込んで来ました。そして、小生は「そう、あの日本人です。お久しぶり。元気?」とレスしました。英国でフォトジャーナリズム論を聴講しながら、新聞社で研修を受けていた21歳の小生が知り合った当時18歳のドイツ人女性から便りが来たのです。
 父親の仕事の関係でパリに住み、イギリスに短期留学していた彼女とは、何かのパーティーで出会ったと記憶しています。小生は学生時代、もちろん翻訳ですがサルトルやスタンダールなどを読んでいて、独、仏、英語がわかる彼女も三島や川端に親しんでいて、小説や哲学、美術、音楽などについて時を忘れて話し込んだ楽しい思い出があります。なかでも、アパートに招かれた時、「ここでちょっと待ってて」と、先に部屋に入って干してあった洗濯物を片付けた彼女の繊細な所作が、鮮やかに蘇ってきました。
 一旦帰国してパリへ遊びに行き、当時オープンしたてだったポンピドーセンターを一緒に見てまわったり、下町の美味しいビストロに連れて行ってもらったこともありましたが、その後、彼氏が出来たようでエアメールの交換も途絶えてしまっていたのです。しかし、メールを数往復させた今、お互いの近況も分かりました。彼女はパリのドイツ人学校で先生をしていて、近影を見ると確かに年相応にはなっていますが、ごった返す空港で会っても判るほど当時のまま。「パリに来る機会はないの?」、「予定はないけど、是非行きたいものだね、歳を取り過ぎないうちに」。
 ふと小生のことを思い出し、インターネットで検索をかけた彼女が、この広い広い世界から小生を捜し出したというワケです。小生は当時から3度引っ越し、電話番号も3度変わっているのに…。日頃リサーチなどで重宝していますが、インターネットの威力に改めて感心した出来事でした。(しんぼー)