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しんぼー/Shinboh

Author:しんぼー/Shinboh
フォトジャーナリスト
Photojournalist
詳細は下記サイトへ
ルポ集『東南アジアの人々』
"People in Southeast Asia"

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フォトジャーナリストの戯言
取材に基づく記事やビデオリポートではなく、日々の戯言
ようやく新記事アップ!
 新しい記事をアップするのに、取材してから4か月もかかってしまいました。取材から戻ればまた忙殺されると分かっていたので、現地のホテルで毎晩ノートを整理し、ざっくりとは書いていたのですが、推敲や編集、それに写真のセレクトが遅遅として捗りませんでした。もっと事実に忠実に言えば、気力を維持するのが難しかったのです。
 平素勤務先から戻ってくるのは早くて7時半、遅い日は零時を廻り、出張で帰れない日もあります。被取材者の都合で土日祝の公休に取材が入ることも少なくありません。以前にも当ブログに記しましたが、そんな会社勤めの報酬があるからこそ、必ず赤字になる自主取材を続けられているのですが、根本はどうやら仕事への情熱が萎えてきているのかと自己分析するのです。というのは、年齢を言い訳にしたくないのですが、3、40代の頃を振り返れば、まるで疲れを知らないかのようにガリガリやっていたものです。
 不思議なのですが、勤務先から疲れて帰宅しても、掃除洗濯炊事、買い物や靴磨き、植木の水遣り、アイロンやボタン付け、ゴミ捨てといった家事はテキパキでき、どちらかと言えば、楽しくも感じます。また、しばしば仕事で飛びはしますが週一回ジムで汗を流すことも億劫ではないのです。ところが、文章を推敲したり、写真やビデオを編集したりが、なかなか出来ないのです。30年やってきたジャーナリストの本分の方がサクサクできないとは、由々しき状況です。
“主夫の仕事”ならばバッチリできますが、それは幾らやっても記事やリポートにはなりませんし、収入にも繋がりません。いつもそうと言えば、そうですが、ここが正念場。続けなければライフワークでもありません。ということで、1本記事を書き上げたところで、来週は今年2回目の自主取材に行って参ります。必ず何らかの形にしますので、小生のサイト『東南アジアの人びと』を時々覗いて頂ければ幸いです。(しんぼー) 
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全部がCM?
 このごろ個人にしても、企業や団体にしても、人権やプライバシー、肖像権の侵害だとか、名誉毀損や業務妨害だと言って、メディア企業やジャーナリストとの間でトラブルになることが多くなったように思います。根も葉もないことを報じられ、損害を被ったならば、出るところを出て質さなければなりません。小生も、もしそんな目に遭った時には、先ずは「訂正・お詫び」を依頼する内容証明でも送ると思います。
 けれども、取材や露出を歓迎する個人や企業・団体は、自分が報じられることで何らかの形で世の中のためになるというよりも、自分への直接的な利益だけを期待していることが殆どです。そんな自慢話や宣伝を、そのまま報じたのでは、受け手はコマーシャルを見せられ、読まされているようで、送り手もCMを作らされているようで、面白くありませんし、社会の福祉になるかは疑問です。だからと言って、そこで物事には両面があるからと、掘り下げようとしたり、反対意見や批判と抱き合わせて編集したりすると、最初の取材先がヘソを曲げて、その企画が頓挫するか、報道できても冒頭のようなトラブルが起こる可能性が大です。
 警察や検察が事件としていたり、誰かの訴えを裁判所が受理していた場合は、そのことを報じれば、既成の事実なので、問題にはなりません。しかし、何事もそうですが、物事には表裏があり、表だけを報じたものは、信憑性が低く、説得力もありません。
 人物も商品も施設もサービスもシステムも、不景気な昨今は以前に増して、スポンサーかその顔色を気遣うプロデューサーや編集部などの手前、良いことや良い面しか報じられなくなっているように感じます。我が身については良いことだけを報じて欲しいのが人情でしょうが、全てがタイアップ企画や提灯原稿みたいになった時には、そう言っていた人にとってさえ、もはや時間を費やして見ようと思う番組や、金を払って読みたいと思う記事はなくなっていると思うのです。(しんぼー)