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しんぼー/Shinboh

Author:しんぼー/Shinboh
フォトジャーナリスト
Photojournalist
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ルポ集『東南アジアの人々』
"People in Southeast Asia"

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フォトジャーナリストの戯言
取材に基づく記事やビデオリポートではなく、日々の戯言
年を越し、ようやく新記事アップ
 去年7月に取材した「なぜ民主主義が定着しない?」をようやくアップしました。確かに勤務先の仕事が次から次と切れ目なしにあり、考えたり、作業する時間がなかなか取れなかったのは事実ですが、今回は特に纏めるのが難しい内容だったからとも言えます。サイトにアップした記事に目を通して頂ければ分かりますが、長くなり、着地できていません。その上、昨年末、関連の重要人物にインタビューできるようになり、それも記事に織り込んだため、年を越したという次第です。
 一緒に取材して回ったタイ人の友達も同じことを言っていますが、短く整理したり、型にはめて図式化するとシンプルで分かり易くはなるのですが、現実とかけ離れて行く観が拭えません。様々な要素が複合的に絡み合ってのことなので、冗漫で曖昧ではありますが、ぼんやりとでも感じが伝われば良いと、発表に踏み切りました。考えるための情報は提供しているので、後は受け手それぞれが自由に解釈して頂ければ良いと思うのです。
 いつも思うことですが、単純化し予定帰結の範囲に収めることは、勤務先の仕事でずっとやってきています。そうしなければ、商品にならず、給料を貰えないからです。しかし、その手法を自主取材にも用いてしまうと、すっきり分かり易い報道にはなるのですが、自分が伝えたいこととは違って来てしまい、自主取材の意義がなくなります。より多くの人に読んでもらえたり、取材や編集の採算が取れたりすることと、自分が伝えたいことや維持したいスタイルの間で、いつも悩んでいるということです。
 新しい記事も茫洋としているかも知れませんが、テーマに沿って取材対象を選び、得た素材から意味のある部分を抜き出し、取材終了後にさらに取捨選択し、強弱をつけながら並び順を入れ替え構成しています。この一連の作業には一定の方向性があり、取材執筆者の主観が十分に入っています。というか、主観を入れずしては、不可能なことです。ものの見え方は、見る人の生い立ちや現在いる環境、つまり視点に拠って人それぞれです。だから、これ以上煮詰めて、結論づけることは“大きなお世話”になるので、止めておこうと思っています。結論ありきまでは行かなくても、型に嵌め込むように纏められたものには、受け手として常々違和感や疑念を抱いているからでもあります。(しんぼー)

 
  
 
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ネット受難
 明けましておめでとうございます。本年も当ブログをどうぞ宜しくお願い申し上げます。
 新年を迎え、自分を取り巻く環境がどう変わりつつあるのか、今一度見渡しています。こうして小生もブログを書き、そのずっと前1996年からウェッブサイトを開設、近年はユーチューブに動画もアップしています。年々世界中に波及し、進化するインターネットを情報取材の手段や発表媒体としても利用しているのですが、同時にジャーナリズムのあり方がその根底からネットに揺さぶられているのを感じずにはおれません。
 社員であれ、フリーランスであれ、ジャーナリストはこれまで新聞や雑誌、テレビ、ラジオなどの既存メディアに原稿や写真、映像を売って生計を立ててきました。しかし、編集責任者も広告主もおらず、誰でも自由にアップできるインターネットという媒体は、渦中の当事者を筆頭に、現場に居合わせた人や取材対象の近くにいる一般の人たちが真っ先に報道することが出来ます。多くの場合、わざわざ取材に足を運んではいないので、その情報を得るために取り立てて時間や交通費はかかっていません。且つ、その報告者にはたぶん生業が別にあるので、その人が伝えたいと思えば、経費の回収や報酬などに構わず、無償で情報発信しています。ですが、転載や引用に対して著作権を問わない反面、誤報や偏った情報でクレームが来てもインターネットの匿名性を楯にしているフシもあります。
 たとえ技術的に稚拙で記事やリポートとして体を成してなくても、一次情報の強さがあるが故に求められ、逆にプロによる構成や演出、編集などは疎まれたりする傾向が見られます。プロは本質を分かり易く伝えようとするのですが、どうしても恣意的になるのは避けられず、それが大きなお世話と感じられるのでしょう。これまでも様々な理由で職業として成立させることが難しかったジャーナリズムですが、いよいよ至難の時代を迎えたと思います。速報性や経済性では近くにいる人に太刀打ちできませんし、プロの文章や写真、映像というものは、限られた紙面や短い放送時間で的確に伝えるという点で必要なのであって、冗漫さが許され、好きなだけアップできるインターネットでは求められません。
 となると、ジャーナリストは署名で責任を持って伝えるという一点をウリにするしかないように思うのです。ところが、ジャーナリストとしての社会的生命を考慮すると面白可笑しく書き飛ばすようなことは出来ないので、匿名故に何でもありのインターネット上ではアイキャッチを作るのも難しくなってしまいます。継続させるには収支を最低トントンにしなくてはならないこともあり、八方塞がりなのでしょうか?いやいや、生き残り策を真剣に考えなくてはいけません。(しんぼー)