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しんぼー/Shinboh

Author:しんぼー/Shinboh
フォトジャーナリスト
Photojournalist
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ルポ集『東南アジアの人々』
"People in Southeast Asia"

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フォトジャーナリストの戯言
取材に基づく記事やビデオリポートではなく、日々の戯言
結局オリジナリティ。そして、また自主取材
 最近、勤務先で美術関係の取材をしていて「結局はオリジナリティだな」と、つくづく思っています。言うまでもなく、パソコンの普及で記憶力や取材力、技術力は、アナログ時代ほど求められなくなっています。うろ覚えでも関連するキーワードで検索すれば、百科事典を含め複数の様々な記事が出て来て、それを総合すればかなりの量と精度の情報になります。また、写真や映像、音楽などもソフト上で自由に修整したり加工したりできます。アナログ時代は、絵画ではモノの形や陰影を的確に捉えるデッサン力が、写真や映像では機材やフィルムの性質を自分のものとし自在に操る技術が求められました。
 しかし、現代のデジタルカメラやスキャナー、加工・編集ソフトを使えば、何年もの経験を積んで得られる勘や技は殆ど不要です。紙と鉛筆では絵を描けない人や、暗室作業は全然やったことがない人でも、美術や写真のプロになっている人もいます。音楽では、どの楽器もできないのに、コンピュータで演奏したり、作曲したりしている人も少なくありません。文章にしても、出かけて行ったり、人に会ったりしなくても、インターネットで世界中の情報を検索して集め、メールで問い合わせ、掲示板で反応を窺い、新しい話をそこそこ深みと広がりを持たせて書くことが出来ます。
 こうしたコンピュータ時代には、制作者のオリジナリティが全てとなって来ます。何に興味を持って焦点を当て、どう感じ、どう思い、それをどう表現し、どう伝えるか。この部分で勝負が決まると言って過言ではありません。オリジナリティはその人の経験に大きく左右されます。しかし、その経験から物事や人物を共通項で束ねすぎてしまうと、驚きや感動がなくなってしまい、淡々としたものになってしまいます。かといって、あまり独創的でも一般から乖離してしまいます。受け手より少しだけ束ね気味にするか、受け手が日常の些事に忘れてしまっている感覚や思考を再提示するといったサジ加減が重要になって来ると思います。
 間もなく小生は今年2回目の自主取材に行ってきます。ライフワークは地域的には東北ではなく、分野も災害や核問題ではありません。しかし、今年は東日本大震災と原発事故を外せません。外すと“昼行灯”のようになって、暢気を通り越してしまいます。遠い所へ行ったり、技術を駆使したりではなく、いよいよオリジナリティが勝負所となった現代、勤務先での小生を含め企業ジャーナリストが目を向けない対象を取材することも、大事なオリジナリティだと思っています。(しんぼー)

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既視感のある事件
 テレビで人間性を疑うような悪ふざけフリップが放送されてしまいました。スーパーをナマ打ちする場合など、誤字脱字を含めて、危ない不要なファイルは間違っても出ないように、本番前のチェックで消しておくのが定石ですが、それが行われていなかったのが直接的な原因でしょう。サブ=副調整室にいるオンエアー・ディレクターの責任です。
 他人の傷口に塩を擦り込むようなことを面白がる人間の最も残酷でイヤラシイ部分。心で思うことはあっても、決して言葉にしないし、況してや公共の電波には絶対に乗せたりしないことです。大多数が認める攻撃されても仕方がないといった尤もな理由があり、受け手が気分を悪くしない程度ならば、ウケを狙って、そうした欲望をくすぐる仕掛けが施されている番組も見受けられます。それでも、メディアはリンチや私刑を下す場ではないので、一部の人がスカッとするからと揶揄やガス抜きは批判の対象となります。
 政治家の失言も、普段から思っていなければ、或いは、その逆の価値観の持っていたならば、決してその人の口からは出ないものです。こちらは議論を巻き起こそうと、或いは、本当は言いたいが言えない人たちを代弁することで人気を取ろうという、ある意味、確信犯です。しかし、今回のフリップを作成した人は、そういうことを面白がらなければならないというか、面白く感じる人だった筈です。でなければ、悪乗りしても、こうした方向へは行きません。想像の範囲ですが、たぶん本人が希望するように社会や会社で認められていなかったり、納得がいかないことで虐げられていたりして、世の中や人生が面白くなく、不満を通り越して、自暴自棄になっていたのではないかと察します。
 近年のテレビ放送は音声を聞き取っていなくても、とにかく分かり易くと、スーパーやフリップが激増しています。放送局でスーパーやフリップを作る人は、遥か昔に社員から下請けや派遣にシフトしています。記者やディレクターから、いま抱えている仕事の量などお構いなしに、ガンガン発注されていますが、如何せん、何枚作ろうが月給制で、その給料も社員の半分以下でしょう。番組のエンドロールに氏名が出ることはありますが、自分の仕事に誇りを持つ余裕はあるでしょうか。小生には、起こるのではないかと案じていたことが起こったような、既視感のある事件でした。(しんぼー)
 

テーマ:放送事故 - ジャンル:テレビ・ラジオ