「あなたのお陰です。あのとき取り上げて下さらなかったら、出来てなかったと思います」。帰りがけ、Tさんは戸口のところで、こんなことを言って見送ってくれました。たとえ社交辞令であったとしても、嬉しいものです。 途中何度か取材拒否に遭い、企画ごと“空中分解”しそうになりながら3年に亘って取材し、3年前に放送したドキュメンタリー番組の主人公がTさん。統合失調症を患い、症状を薬でコントロールしながら、社会参加を目指すTさんとその周辺を追った番組でした。放送時期もあってTさんが昔やっていた絵画制作を再開するところでドキュメントは終わっていたのですが、そのTさんから2週間ほど前、個展の案内ハガキが届いていたのです。 一人一点ずつ展示する学校の展覧会や公募展と違い、個展となると一貫した何らかのテーマの上に、作品の大きさにも依りますが最低15点くらいは必要です。しかし一方で、その再発を抑える薬はしばしば疲れ易くなったり、やる気が萎えたりする副作用があります。再発と副作用の間で悩む患者さんを複数取材していただけに、Tさんが二年半ほどの間に今回展示している17点を描ききったと聞き、本当によくやったと感心し、こちらも嬉しくなりました。 もし病気のことを聞かれれば「精神科にかかっている」という程度は話すが、自分から「統合失調症」とオープンにはしないというのがTさんのスタンス。他人の視線や話し声が非常に気になり、ビデオや写真に撮られることにも大変敏感です。調子が悪いときだと、接触すること自体が症状を悪化させてしまわないだろうかと、こちらも気を使うところです。しかし、Tさん、このごろは絵を続けて描けるほど調子が良いのでしょう。「記念すべき日だから」とカメラを持参した小生に、顔出しで病名も出して話しても良いと言いました。広く一般に報じるのがジャーナリストのアウトプットですが、接触するという時点で被取材者ひとり一人への影響は避けたくても避けられないものです。個展の帰り道、Tさんの信頼にまたどこかで応えなければならないなと思いました。(しんぼー)
スポンサーサイト
|