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しんぼー/Shinboh

Author:しんぼー/Shinboh
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ルポ集『東南アジアの人々』
"People in Southeast Asia"

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フォトジャーナリストの戯言
取材に基づく記事やビデオリポートではなく、日々の戯言
タダでも要らない?!
 2012年も残り3日。当ブログ(6月28日)にも書いたように今年は出張先で災難に遭い、年末になってもう一発、ボランティアの申し出を断られるという挫折を味わいました。やはり、これまでになく付いてない一年だったように思います。小生は会員としてある国際NGOを金銭的にサポートし、或いは、時々メディアに取り上げることでも支援して来ました。会員になって20年以上が経ったこともあり、いつもは買うことで支援していたそのNGOが発刊しているカレンダーですが、今回はその制作でボランティア活動をしようと思ったのです。カメラマンとしても、ディレクターとしても担当できるだけの経験を積んだという自負もあってのことです。NGOのカレンダー担当者には事前に計画を知らせた上で、カレンダー向きの写真を撮り下ろすため今年はカンボジアへ行ってきました。ついでに、スタッフが活動している現場に立ち寄って広報用の写真も撮影してきました。
 ところがです、帰国して暫くすると「カレンダー担当のカメラマン選定は大口クライアントの意見も入れて、年末に協議することになっている」と“後出しジャンケン”のようなことを担当者が言って来たのです。寝耳に水!ちなみにその担当者は年末を待たずに辞めてしまい、連絡が取れなくなってしまいました。内部で喧嘩になって嫌気がさしたとか、勝手な判断をしたことで引責辞任とかしたのでしょうか。いずれにせよ、ひとが登った梯子を外して居なくなるというのは困りものです。
 そして、年末。何の連絡もないので、こちらから問い合わせると「若い女性カメラマンに決定した」と。まぁ、若い人にチャンスを譲るのも良いことですが、何か釈然としません。新聞雑誌でプロとして通用してきた日本写真家協会会員がボランティアで寄稿すると言っているのに、要らない!というのです。カレンダーの売り上げは援助活動の資金に充てるわけですから、クオリティーが低くない写真のボランティア寄稿は悪くない話だと思ったのですが…。
 音楽の世界では昔からですが、今や文筆業やカメラマンの間でも仕事そのものより、若くてルックスが良かったり、話題性があったりする人がもてはやされ、やはり地味な中高年は相手にされないのかと拗ねたくもなります。結局その方が売れて金儲けになるからなのですが、弱者支援を目的とする特定非営利団体が、舞台裏ではこうした人選をしていることに「う~ん、ここも毒されていたか」という思いです。ということで、今年は最後まで良い話がなくて恐縮ですが、皆様どうか良いお年を!来年も当ブログをどうぞ宜しくお願い申し上げます。(しんぼー)
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学問としてのジャーナリズム?
 先日京都の大学でジャーナリズムの授業を2コマほどして来ました。「ジャーナリズム」は「学問」と同じような括りで、それ自体には大した中身はないように思っています。なので、学問を学問するようなことにならないかと、授業で何を話そうかと悩んだのが正直なところでした。
 研究成果を論文で発表するのが学者で、ジャーナリストは取材したことを文章や写真、映像などで発表します。似たところはありますが、ジャーナリズムは学問と違って、常に受け手があって成立することで、受け手は一般市民であり、専門家である場合は稀です。なぜなら、専門家はジャーナリストが報道する前に自分が専門とすることは知っているし、ある分野の専門家でもその分野以外のことになれば一般市民と同じ立場になるからです。また、ジャーナリストの間には特定の対象を長期取材している人も少なくありませんが、あくまでも学者や研究者とは違います。その違いは、独自の新しいものを持っている学者ら専門家はニュースソースになりますが、ジャーナリスト自身がニュースソースになることはないという点でしょうか。つまり、よく発信者という言葉が使われますが、ジャーナリストは記録・伝達者だと思っています。そして、そのために取材し、真偽を確認し、その情報を整理したり、系統立てたりして、伝わり易くするということがジャーナリストには大事な仕事になっています。
 学生の中にいた一人の中国人留学生はこんな質問をしました。「ジャーナリストと市民運動家は、どちらが社会に影響力がありますか?」。小生は「両方の力が併わさって」と断った上で「市民運動家」と答えました。そもそも市民運動という動きがなければ、ジャーナリストは取材する対象がなく、何も始められないからだと説明しました。そこで結論ありきでゴリ押しすると、ねつ造やヤラセを起こしてしまいます。もちろん厳しい言論統制下で活動家や市民が動けなくても、密会してインタビューすれば記事にすることが出来ます。しかし、その場合でも、ジャーナリストに会って話すという「動き」があるからこそ、取材対象となるわけです。
 結局、授業では最初に「ジャーナリストとは?」と学生たちに投げかけました。そして、権力や経済から独立していることが肝要と格好良いことも言いました。ですが、企業ジャーナリストもフリーランスのジャーナリストも、世界的資本主義といった厳しい環境のなか日々闘っていると、愚痴とも泣き言ともつかぬような四方山話で時間の殆どを費やしてしまったようでした。(しんぼー)

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