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しんぼー/Shinboh

Author:しんぼー/Shinboh
フォトジャーナリスト
Photojournalist
詳細は下記サイトへ
ルポ集『東南アジアの人々』
"People in Southeast Asia"

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フォトジャーナリストの戯言
取材に基づく記事やビデオリポートではなく、日々の戯言
独り言は精神的代謝でも…
 仕事がある所に、つまり通勤圏に住まざるを得ないという理由から、一人暮らしが16年目となっています。今日も取材申請のメールを出したり、資料を整理したりと2時間ほど勤務先の仕事をしましたが、午後からポッカリと閑ができたので、掃除機をかけ、床の拭き掃除などを。そして、夕食も久しぶりにきちんと自炊しました。『タケノコご飯』に『鰹のたたき』と『アサリの酒蒸し』、『インゲンのゴマ和え』、『絹濾し豆腐とジュンサイの赤出汁』と春らしい一汁三菜です。
 家事歴も16年目。最初に炊き込みご飯を仕込んで炊飯器をスイッチオン、他のおかずを全部作り終わって盛りつけ、流し台もキレイに片付けると、ご飯が炊き上がるという感じで、5品を楽々1時間以内に調理できるようになっています。計量スプーンやタイマーなど使わず全て勘ですが、味付けや湯がき加減も上々、いつもの味と食感です。で、こうしてちゃんと自炊した時にいつも感じるのは孤食の侘びしさ。我ながら上手くできたと思う日は殊更です。
 好みの音楽をかけ、缶ビールを空けても、ついつい朝刊の未だ読んでない記事を探して読みながら食べることになります。旬の食材に引っかけて今日の天気やサクラの開花具合、はたまた仕事の愚痴を独語しても、誰の迷惑になるわけでもないし、小生が認知症や統合失調症を発症したのかなと思う人もいません。けれども、それは余計に侘びしくなるだけ。
 人は自分の主観を維持しようと、或いは、自己を取り戻そうと、現実から逃避したり、代謝行動をとったりするものだと言われています。誰に向けるでもない雑言を吐くこともそれに違いありません。しかし、そんな精神的代謝を高めるのは本来、家族や親友、趣味の仲間たちとの交流などです。人は互いに代謝の材料になっているはずなのですが、それぞれの人生に於いて「金と暇」や「安定と自由」といったことは相反し、自分と自分以外の人との凸凹はなかなか噛み合いません。ということで、今夜もまた独り洗濯物を干し、目覚まし時計をセットして寝ることにします。(しんぼー)


 
 
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アイデンティティ維持のため
 これまで自主取材は毎年2回かそれ以上のペースで行い、この時期4月までには年末年始休暇かその振り替えを利用して、その1回目を敢行していたものでした。しかし、今年は不可能です。従って、ホームページ『東南アジアの人々』に新しい記事を加えて更新するのも、今年は1回しか出来そうにありません。もし期待して下さっていた方がおられたなら、この場でお詫び申し上げます。
 というのは、勤務先で名ばかりの管理職になって収入が激減したこともありますが、それ以上に時間が取れないのです。案の定、年末年始の休暇中に仕事が入ったのですが、その後も毎月切れ目なしに仕事があって1週間連続して休むことが出来ません。生活費を得る術がそれ以外になければ、蹴るわけにはいきません。ただ、それは小生だけでなく、殆どのサラリーマンが泣く泣くか、自らの感覚を鈍磨させてでもやっていること。喰うための業のようなものだと思っています。
 よく言われていることですが、みんながやりたくないことをしなければお金は稼げず、やりたいことをするにはお金を払わなければなりません。需給関係というか、そんな経済原則は身に染みているのですが、それでもなお、やはり自分がやりたいと思う自主取材は続けていかないことには、アイデンティティ喪失に陥るように思うのです。しかし、少なくとも小生の場合、自主取材は過去一番良かった回でトントン、それ以外は必ず赤字で、到底それで暮らして行ける収益は上がりません。なので、勤務先を辞めたり、さらに減収になったりすると、時間は自由になるかも知れませんが、自主取材の資金が捻出できなくなり、元も子もなくしてしまいます。
 かといって、日常忙殺されている取材は勤務先の肩書きや経費を使っていますので、守秘義務に加え、著作権は会社に属しています。よって、こんなテーマで誰それを取材しているといった予告のようなことや、過去の言質や映像の一部であろうとも個人サイトで載せることはできません。また、その大半が企画から自分が起こしたものであっても、そもそもネタ探しの段階から編集の仕上げに到るまで社の顔色を窺ったり、自粛したりしているので、自分のサイトに載せたいとも思いません。個人サイトは17年前の開設時から一貫して、更新が遅くなっても自分に著作権がある自分の仕事だけを載せることにしています。チャンスは夏期休暇だけになった自主取材ですが、次は何をどんな切り口で取材しようかと考えています、廃業するよりはずっとマシだと自分に言い聞かせながら。(しんぼー)
 
仕事の優先順位
 1に人命の危機、2に自由の迫害、3に人権の蹂躙。ジャーナリストの仕事の優先順位は、こんな感じだと思っています。当然のことですが、人間にとって最も大事なことの順番です。ですから、紛争や内戦、独裁政権、貧困のある所へ取材に行くことになります。日本国内でも近年は国境問題や再軍備、言論の封じ込め、二極化が、こうした大事に至らぬよう気になるところです。
 しかし、企業ジャーナリストの取材範囲は所属しているメディア企業がカバーする地域にほぼ限られ、所属部署や担当しだいであまり重要でないことを取材報道せねばなりません。「あまり重要でない」情報は放っておいても、宣伝や広報誌、インターネットで得られるような内容です。一方、フリーランス・ジャーナリストならば自分の意志で取材対象を選べそうなものですが、その原稿や写真、ビデオリポートをメディア企業が買ってくれるか否かが死活問題なので、やりたい、やるべきだと思う取材はやはりなかなか出来ないものです。
 なぜならば、「人間にとって最も大事なこと」が必ずしも最大関心事ではないからなのです。沖縄や福島など2、3時間以内に行ける国内でさえ、そこに自分が住んでいるか、家族や親友がいない限り、人間にとって最も大事なことであっても、読者や視聴者の関心は低いものです。なので、広告やCMも付きません。海外の日本人以外の人たちともなれば、言わずもがな、何千何万人が生命の危機に瀕していても、たぶん100人中95人以上は関心がありません。大多数の人が関心を示すのは、芸能人やスポーツ選手のゴシップ・スキャンダル、野球やサッカーなどの試合、美容・ダイエット、エログロ、グルメ、ファッション、…と消費経済にこそ影響はあっても、体制には影響ないことばかりなのが現実です。「最も大事なこと」から目をそらしていたい、考えたくないように思えます。なので、求められているものは現実を忘れられる娯楽や自分の今日明日の利益になる情報であって、報道やドキュメンタリーではないということです。
 医師や弁護士といった職業でも、自分が行きたいと思っても、医療や人権擁護が最も必要とされている所へは行けないことが想像に難くありません。自分が置かれている場所や時代から、人間にとってさほど大事でないことに忙殺され、身動きが取れないように見受けられます。栄養や衛生の状態が悪く、プライマリーケアすら受けられず生命の危機に瀕していたり、思想信条宗教の違いから迫害・弾圧されていたり、あからさまな差別を受けていたりする人たちは、殆ど全員が医療費や弁護士料などを払える余裕はありません。ボランティアで行くしかないのは、ジャーナリストと同じだと思うのです。しかし、医師は命を救ったり、弁護士は亡命や難民認定を手助けしたりと直接成果を上げられますが、ジャーナリストは取材しても、メディアが取り上げないことにはインターネットにアップするくらいが関の山です。(しんぼー)