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しんぼー/Shinboh

Author:しんぼー/Shinboh
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ルポ集『東南アジアの人々』
"People in Southeast Asia"

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フォトジャーナリストの戯言
取材に基づく記事やビデオリポートではなく、日々の戯言
秘密保護法 ・・・ 難民になる覚悟が必要
 「特定秘密保護法案反対」の緊急記者会見を今日(20日)在京ジャーナリストたちが砂防会館で開き、森雅子大臣宛の抗議声明を内閣府へ届けに行きました。昨日その反対アピールに名前を連ねることを要請するメールが来たので、どうぞ小生の名前も使ってくださいとレスしておきました。小生も報道・表現の自由を侵し、知る権利の制約に繋がる秘密保護法案には断固反対です。
 この法案が通って政府が拡大解釈などした日には、ジャーナリストは日本国内で取材した日本の問題を、日本が犯罪人引渡し条約を結んでいるアメリカと韓国以外の国へ出て行って、そこからインターネットで報じなければ逮捕されるかも知れません。この夏国際ニュースになったCIA元職員エドワード・スノーデン氏のロシア亡命や、小生が取材してきた東南アジアの軍事独裁政権下の国でジャーナリストが廃業・転職したり、難民になったり、第三国へ移住していたのを思い出します。
 日本や同盟国の国益に反するなどと言っても、その「国益」はその時の政権政党にとっての、または、権力や資本の側にとっての、はたまた目先の事だけに囚われたそれで、大多数の市民にとっての国益でないことも十分あり得ます。ところが、その大多数の市民が秘密保護法は施行されても仕方がないと思ったり、そこまで長いものに巻かれなくても、自分たちの日々の生活には関係ないと無関心でいると、この法案は通ってしまうでしょう。
 世論が“寄らば大樹”か無関心だと、幾らジャーナリストが逮捕・投獄されることと引き替えに、或いは、難民になって祖国に生涯戻らない覚悟で日本の問題提起をしても、国内の大手メディアはリスクが大きいとか反社会的だと取り合わず、結局インターネットやミニコミだけの報道となり、「大多数の市民」はそれを積極的に読もうとせず、たとえ目に触れることがあっても信憑性を疑ってかかったりするのではないかと案じています。気づいた時には、いつの間にか日本が核兵器を製造・保有していたり、どこかの国と戦争が始まっていたなんてことも、他国のケースを取材してきた経験から大いにあり得ると危惧しています。(しんぼー)






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住む場所は自由に選べる?
 実は昨夜、ビルマ人の旧友から久しぶりにメールが来て、来年アメリカから単身、日本に移住して来るというのです。彼の場合、軍事政権に弾圧され、政治亡命のような形で隣国タイへ出て来て、後にアメリカに渡り、そして日本に住むことになるわけです。アメリカへ行ったのは15年ほど前、大学で修士を取り、飲食業を経営し、庭付き一戸建てに住んでいました。日本に移り住む理由は「歳を取ったし(?)、ビルマへ6時間で行け、親しい同郷人がいるから」と書いています。
 家族や友人がいる故郷に住み続けたい、或いは、風土が好きだとか、やりたいことが出来るといった理由で新しい土地へ移り住みたいと、人はどちらかを希望します。自由な現代日本では、どちらの思いも実行に移すことは可能です。しかし、入りたい学校ややりたい仕事を諦めたり、現金収入が減ったりすることが引き替えになりがちです。なので、経済的には選択の余地がなく、自由がないと言えなくもありません。なぜなら、平均収入が低い地域は物価も安いとなるならばバランスが取れますが、必ずしもそうではなく、経済格差は厳として地域間にあるからです。
 大企業や中央官庁の転勤組や地方自治体の公務員、或いは、農林水産業や一部の商業に従事している人は、比較的地方に住めますが、都会に住むのは難しくなります。製造業など工業関係の人たちはそうした産業が発達した地域に縛られがちです。まとまった需要が都会にしかないサービス産業は、その事業所も都会にあり、そうした業界で働く人たちは容易に都会を離れられません。一方、場所だけでなく職種に於いても、肉体を酷使したり、神経を磨り減らしたりして得られる高収入は自由な時間や健康との引き替えです。
 軍事政権が長年続いたビルマでは、学校や職業を選ばず、少なく偏った情報に甘んじ、自分の意見も言わずに閉塞社会に堪えてきた人の方が多かったわけです。しかし、小生の旧友は自由を求めて自由を得た結果、家族や友人ともバラバラになり波瀾万丈の半生を送っています。結局、国連が認めるか否かは別として、いわゆる難民になることを含めて、いつでもどこでも選択の自由はあるのです。ただ、その自由の代償を大きすぎると感じるから、住む所を選ぶにしても自由はないということになるのでしょう。彼のメールに返事をしながら、自由について考えてしまいました。(しんぼー)