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ルポ集『東南アジアの人々』
"People in Southeast Asia"

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フォトジャーナリストの戯言
取材に基づく記事やビデオリポートではなく、日々の戯言
御嶽山噴火に際して
 好天の週末だけあって登山客らに百人近い死傷者を出した御嶽山噴火。現在の職場はそもそも中部地方を取材エリアとしておらず、小生はもう事件事故を担当していないため、また、ルーティンに縛られて身柄の自由がないため、現場へは急行しませんでした。そして、新聞テレビの報道を見ながら、かつて経験した雲仙普賢岳を思い出しています。普賢岳では麓の住民のほか、警察や消防、火山学者、そして同僚を含む報道陣らが犠牲になりました
 小生が思い出していることは、火山の噴火そのものよりも、大規模災害や戦乱に際してのマスコミ企業の姿勢です。御嶽山は起こったばかりですが、福島県の放射線量が高い地域に対しても然りです。会社は普賢岳で社員が殉職した後は、未だ避難命令が出ておらず一般市民が残っている地域の取材も禁じました。遺族への見舞金や今後の生活費の補償など、会社としては頭が痛いのは分からないこともないですが、一般市民が未だ暮らしている地域への立ち入りも禁止としたことに、当時憤慨したのを覚えています。メディアは第四の権力とも言われるのですから、こうした現場でジャーナリストは自衛隊員や警察官、消防署員と同格だと思うのです。ジャーナリストという職を選んだ時点で、いわゆる“敵前逃亡”は出来ないという覚悟を小生はしています。
 会社や政府が見舞金や賠償金などを払わなければならない万一の事態を避けたいとしても、単純に規制するのは如何なものでしょうか。ジャーナリストにも個人差がありますから、最も現実的なのは、紛争地域での国連のように「自己責任で取材に入り、死傷した際にも損害賠償は申し立てない」という覚え書きを交わせば両者にとって問題ないと思うのです。ジャーナリストも原稿や写真、映像を無事持ち帰らなければ意味がないのですから、危険が増すほどに無謀なことはせず、より注意深くなり、それが可能なギリギリのところまでしか敢行しません。
 なぜこんなことを思うのかというと、ヘリコプターからの望遠撮影では、現場を肌で感じることは出来ません。やはり取材の基本は可能な限り現場に近づくことだと思っていて、生還者や警察消防からの又聞きではなく、自分の目で見て報道したいというのが本能だからです。(しんぼー)
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難しい質問をされて ~従軍慰安婦問題~
 同業者の間では前々から知られていたことでしたが、某大新聞が従軍慰安婦問題などの誤報を認め、社長が公に謝りました。強制されてであろうが、背に腹代えられない事情があったとしようが、或いは、自らの望んで従軍慰安婦になったとしても、名乗り出るのは何十年経っても難しいことでしょう。管理していた団体や個人に謝罪させ、名誉挽回を図ることが目的であっても、現代社会に於いても、いかなる事情があってもセックス産業従事者に対する偏見がある限り、名乗り出た人に対して、それまでしていなかった差別をする人がいるかも知れません。
 そうした当事者や被害者の側の証言が得難いなかで起こった誤報事件でした。裏を取っていない伝聞に、洞察ではなく憶測が加味され、捏造になっていました。当時、小生も対象地域は違いましたが、人権を蹂躙されたまま泣き寝入っている人はいないかとアンテナは張っていましたし、旧日本軍や自衛隊の駐屯地近くにいた女性には色々と当時の状況を聞いたものでした。しかし、軍や政府が表立って組織的に連行したり、慰安婦をしたりすることを強制した確証は得られず、取材したそのままを報じてきました。
 今回こんなブログを書くのは、冒頭の大新聞社の誤報問題が全国的に話題になっているなか、ある取材で出会った女性に「良くわからないんですが、あんなことは本当にあったんでしょうか?あなたはどう見てます?」と難しい質問をぶつけられたからです。小生など完全に戦後生まれで、第二次世界大戦の頃のことはお年寄りに聞くしかなく、後はそれ以降、自ら取材したインドシナ戦争や自衛隊の海外派兵などの状況から推察するしかありません。ですが、小生は自分なりの一定の見解を持っていたので、彼女には次のように答えました。
 国が農業改革や近代化の途上で、徴税制度や福祉行政が貧弱なまま、貧富の差が極端になることがあります。また、現代日本を含めて工業化し、さらには国内には主にサービス産業しか残らないような経済構造になる一方で、本人の努力、つまり一世代ではなかなか階層を超えることが難しいといった硬直した経済社会もあります。そんな連鎖する貧困に喘いでいる人が1日で一週間分の、或いは1か月で年収のような報酬で誘われ請けた場合、それを自由意志による選択と言えるでしょうか。その報酬を払う側の人は金銭的にも余裕があり、高い教育も受けられていて、そこには自分と違って自由意志などない、或いは、社会構造や自分の未来を考えられるだけの教育も受けられていないということを知っている筈なのです。こんなことを言うと、その女性は納得してくれたというより、社会の嫌な面を聞かされたといった感じで、それっきり質問を重ねることなどなく、話題を変えたのでした。(しんぼ-)

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