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しんぼー/Shinboh

Author:しんぼー/Shinboh
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ルポ集『東南アジアの人々』
"People in Southeast Asia"

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フォトジャーナリストの戯言
取材に基づく記事やビデオリポートではなく、日々の戯言
プノンペンで考える援助
 カンボジアの首都プノンペンに来ています。また高層ビルが建ち、市内にあったバンコック湖は埋め立てられて更地になり(写真)、沢山の日本企業が新たに進出して来ています。この国に初めて来た1987年や頻繁に通った国連統治の92年頃からの復興・開発ぶりは、衛生的な飲食物がどこにでもあり、現地のホテルからこうしてブログ更新できる通信事情など、正に隔世の感です。バンコック湖を埋め立てた更地に置かれた土管から臨むカンボジア最高のビル
 しかし、その復興と開発は全てが外国援助によるものでした。そして、設計や資材の費用、監督・管理だけでなく労働者や技術者、事務方の人件費、且つ、政治家や高官の口利き・仲介料までが援助から出ていました。というのは、怒濤のように入って来ている外国製品はその輸出国が援助国だったりし、その上に国民が欲しがる物も多くて高い関税もかけられず、地場企業はまだ育たず、一般国民はもとより公務員も低収入なのです。加えて、この国の政権政党は元々社会主義だったからか、貰った「海老」を餌に自分で「鯛」を釣るといった商売のセンスがなかなか身に着かないようです。それでも、そこそこの生活水準を得るために農民が都会へ出稼げば、公務員がアルバイトするのも当たり前です。外国援助で新たな事業が始まっても、担当する公務員の安月給は変わらずに仕事量や拘束時間だけ増えるので、援助する側から見れば賄賂のような「口利き・仲介料」がないと事業自体が前へ進まないのです。
 国連や世界銀行をはじめ世界諸国が援助を始めて四半世紀になろうとしていますが、この国はまだまだ独り立ちできていません。食べてしまったらなくなる「魚」を贈るのではなく、「釣り竿」を贈って「釣り方」を教えるというサステイナブルな援助ではなかったという批判は良く聞かれます。「釣り方」を教えるのは手間暇がかかり、贈った「魚」は自国の「魚屋」のものをと指定すれば、右から左へと漁師や魚屋は必ず儲かったのです。校舎建設などの箱物とは別に、草の根援助や専門家派遣で教育や人材育成もして来たことは事実ですが、絶対的に少なく、実は「釣り方」以前に必要な「釣ろう」という動機付けまでには、まだ時間がかかりそうです。
 ところで、蓄えがなければ餓死したり凍死したりする冬がある温帯とは違い、あくせく働かなくても「なんとかなる」熱帯の国ということを考慮して来たでしょうか。実際、都心を離れれば、雨季の後に直撒きしておけば米が実り、野菜も生え、魚も湧いてきます。一重の服に、簡単な造りの家で寒い思いをすることもありません。そのくらいこの国は本質的に豊なのです。その反面、東南アジアの他国との違いは、所謂インテリがこの国ではポルポト時代に大量虐殺され、外国へ亡命したまま和平後も戻らなかった人も多く、60歳位より上のインテリ層が非常に薄く、その人達が指導した人も少ないといった独特のハンディキャップを負っています。温帯の価値観でポト時代の傷跡を考慮せず援助しても、使ってしまえばそれで終わりとなり、使い方やメンテナンスのやり方が分からなければ直ぐに粗大ゴミになってしまいます。「援助漬け」や「援助擦れ」といった批判もありますが、コトはそう単純ではありません。それでも、一方で「なんとかなる」という熱帯の気質はそのままに、この国の人たち自身が教育や人材育成より、先ずは温帯の国の工業製品を欲しがるところにも援助の難しさがあると思うのです。生きているうちに、自分も楽しい人生を送りたいと思うのは分かりますから。(しんぼー)
 
 
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