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しんぼー/Shinboh

Author:しんぼー/Shinboh
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ルポ集『東南アジアの人々』
"People in Southeast Asia"

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フォトジャーナリストの戯言
取材に基づく記事やビデオリポートではなく、日々の戯言
欲が油を注ぐ価格戦争
 多くの若者の命が絶った格安スキーツアーのバス事故に、いろいろと考えさせられています。仮に国産牛のカレー用角切り肉が100グラム100円で売られていたとしても、その価格構造が解らない限り、気持ち悪くて買えません。衣料品や家電、それに様々な中古品は流行遅れや旧モデル、他人が使ったモノということを納得の上で買うなら、環境にも優しく善いことです。また、福祉や教育などでは無料のサービスもありますが、それはその裏でボランティアの手弁当労働や篤志家の寄付、政府からの公金などがやりとりされて実現していることです。廃墟の樋に雑草殆どの事業や仕事は生活するためにやっていることなので、背に腹替えられなかったり、なるべく楽にと思ったりし、自らが携わることでも誇りを持てていない時期があったり、人がいたりします。ことほどさように、原価割れにはワケがあり、何でも安ければ善いということはないのです。
 自分の労働を売る場合も然り。簡単に得られ、報酬が多い職や仕事はやりたい人が少ないことで、条件も所謂ブラックだったりします。所有物を売る場合も簡単に売れるのは、買い手が割安だと思うから。複製や大量生産、通信、流通が発達した現代に於いて、誰彼にできない仕事はそれができる人に集中し、唯一無二の商品は滅多になく、長年に亘って市場で淘汰されたモノでさえ時代で相場が変わります。しかし、何かを売買する際に、逐一自己責任で吟味しなければならず、それが対価に見合わなかったり、被害を受けたりしたりした時に、泣き寝入りしたり、追及したりしなければならない社会は、法律のインフラができていないか、機能していないか、或いは、市民のコンセンサスが醸成されていないか、モラルが低下していると言えるでしょう。
 人命の安全に関わる商品やサービスのトラブルは国や地域の存亡に関わりますので、食品や医薬、旅客運送、労働などに関しては、罰則付きの法律が施行されています。それでも、そこが人間の欲をどこまでも追求する自由経済。個人でも企業でも時間とカネがかかる準備や品質管理をなるべく省いて、労働や製品、サービスをなるべく高く売ろうとします。同じ人間でも立場が入れ替われば、やはり安い方を選ぶこともあります。民営化すれば目先の利益至上主義の私企業が、規制緩和すれば実績のないベンチャー企業が新規参入してくるのも当然で、いちいち行政が監査したり指導したりできません。法の網をくぐったり、法律すれすれを狙ったり、罰則がないガイドラインや努力目標は無視したりしてでも、利益を優先させます。国営企業や非営利団体でもぬるま湯状態から事故は起きますが、熾烈な利益競争が続くかぎり、それが原因の事故は起きるように思います。
 かつて戦乱の地を取材していた頃のことです。前線へ向かう装甲車は地雷を踏んだ時に備えて土嚢を床に敷いていました。凸凹道に揺れまくるなか、小生は振り落とされないよう車体にしがみつきながら、ヘルメットをかぶって周りを注視していました。護衛してくれる兵士へのチップも当然必要でした。何をするにも無事移動することが大前提です。「安かろう悪かろう」とは昔から言われています。安いバスにそれなりの覚悟で乗り、危険と思ったら足を突っ込んででもブレーキを踏めるよう、ヘルメットを被って運転手の直ぐ後ろの席で不寝番をするか、より高いバスで安眠して行くか。この国にいても、そういった判断をせなばならないのでしょうか。果てしない欲が油を注ぐ価格戦争という戦時下では、安全代を別途払わねばならないのかと考えています。(しんぼー)

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謹賀新年 ~有馬温泉でカンボジアを思う~
 新年あけましておめでとうございます。本年も当ブログをどうぞ宜しくお願い申し上げます。小生、久々に大晦日から元日にかけて取材が入らず、2016年新年挨拶今年は関西へ帰省し、年老いた母親を有馬温泉(写真)へ初風呂に連れて行くなど、親孝行ができました。
 昨年はある意味、新たな出来事があった年でした。1987年からライフワークとして自主取材で通って来たカンボジアで、初めて勤務先の仕事をするよう命じられたのです。現地の国営テレビ局で勤務先が製作した番組をシリーズ放送し、日本からスポーツ団体を送り込んでイベントを開催するといった事業でした。自主取材はマスメディアが関心を示さない対象だからこそ、休暇と私費で自主的にやってきたと言えます。毎回赤字であっても、他の仕事の報酬で穴埋めして来ました。しかし、ひとたび会社にとっての事業となれば、儲からなくても損はしないようにという命題が課されます。ところが、カンボジアは工場や農業などの労働集約型産業か飲食やホテルなどのサービス業を除いて、まだ所謂“援助ビジネス”しか成立していないのが現状です。
  内戦終結後の再出発はゼロかマイナスからでしたし、それから四半世紀に亘る復興は自力ではなく、全て外国か国際機関の援助によるものだったと言っても過言ではありません。ハード、ソフト共にインフラは整備途上ですし、ポルポトの虐殺政治やその後の混乱は人材や国民性に未だ影を落としています。急成長する近隣諸国と拡がる格差も、自助努力する志気に水を差しているのではと危惧されます。自分の職業や仕事に対して誇りを持っている人が少なかったり、1年後の100ドルより明日の10ドルを取るような人が多いように感じます。それはカンボジア人ひとり一人が怠慢だとか、刹那的な価値観の持ち主だとかといった次元ではなく、まだそう思える社会環境ではないからだと思います。達成感を味わえなかったり、実直な仕事をしても報われず、相応の生活ができなかったりするのです。
 彼らの置かれている状況や気持ちを自分なりに分かっているだけに、あるがままを取材するのではなく、日本側が望む事業を形にするには大変なストレスを感じました。かなり前の当ブログにも一度書いたことがあるカンボジアの親友のことですが、彼は外交官試験に合格しながら、敢えて外交官になりませんでした。「自分の好き嫌いと関係なく、国策に従って人と付き合わなければならなくなるから」と言っていました。小生は自ら企業に属すことを選んでいるわけですから、こうした悩みは付き物なのでしょう。(しんぼー)

 追伸:ホームページ『東南アジアの人々』のURLメールアドレス、固定電話の番号を変えましたので、この場でお知らせしておきます。長年利用してきたプロバイダーが今年3月いっぱいでサービスを廃止するためです。