FC2ブログ
プロフィール

しんぼー/Shinboh

Author:しんぼー/Shinboh
フォトジャーナリスト
Photojournalist
詳細は下記サイトへ
ルポ集『東南アジアの人びと』
"People in Southeast Asia"

最近の記事

最近のコメント

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

フォトジャーナリストの戯言
取材に基づく記事やビデオリポートではなく、日々の戯言
11年前に期待したこと
 新年あけまして、おめでとうございます。
 仕事が入らなかった年末年始、久しぶりに元日を故郷・芦屋市で迎えました。ですが、真新しいマンションや拡張された道路に往時の賑わいはなく、未だに目立つ空き地には寂しさを感じました。
 阪神淡路大地震が発生した11年前、私は東京で主に週刊誌の仕事をしていました。テレビのヘリ中継で倒壊した高速道を見て羽田へ急行。伊丹や関西は諦め、徳島へ飛びました。タクシーで鳴門大橋を渡り、淡路島の震源地を取材、発生当日の夕方には明石へ。明石海峡の渡船から、長田区に上がる幾筋もの黒煙を見ながら、その夜の動き方を、我ながら気持ち悪いくらい冷静に考えていたことを覚えています。明石の商店街でママチャリを買い、お茶と非常食を積んで、国道2号を東へ。当時の携帯電話はバッテリーの持ちが悪く、羽田空港でレンタルした単4乾電池が使える機種が、行く先々で連絡が取れずに困っている被災者に喜ばれることもありました。
 しかし、取材活動は平坦なものではありませんでした。絨毯爆撃を受けたような街もさることながら、被災者との関係で修羅場と化したのです。
「他人の災難がそんなに面白いんかっ!」。2週間で何人に殴られたことでしょう。瓦礫から運び出された遺体は安置所がなく、歩道に並べられていました。その惨状を撮影した時の遺族のパンチは、ことさら強烈でした。持って行き場のない怒りをぶつけるには、カメラを構える私が格好の相手だったのでしょう。
 鼻は軟骨が折れていたのか1か月近く痛み続けましたが、私には被災現場をファインダーで切り取りながら、密かに思っていることがありました。「つい昨夜までメディアを通して、他人の災難を“高みの見物”していた人が、一瞬にしてメディアに晒される被災者になってしまった。これだけの規模ならば、もうニュースやドキュメンタリーに面白可笑しい脚色を求めなくなり、こうした本当に必要な取材を理解してくれる流れが生まれるのではないか」という期待でした。
 阪神間では、ある程度そうなったのかも知れません。ですが、更地の多さや活気のなさは、それと同根ではない筈と、きのう新神戸駅へ歩きながら考えていました。
 本年も、お付き合いの程、どうぞ宜しくお願い申し上げます。(しんぼー)
スポンサーサイト




テーマ:地震・天災・自然災害 - ジャンル:ニュース

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する