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しんぼー/Shinboh

Author:しんぼー/Shinboh
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ルポ集『東南アジアの人びと』
"People in Southeast Asia"

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フォトジャーナリストの戯言
取材に基づく記事やビデオリポートではなく、日々の戯言
出張帰りに考えたこと
 観光と留学、出張、駐在。これらの目的で海外へ行く資金は、日本での収入や、日本からの送金が前提です。だから「物価が安くて良い国だ」といった勘違いをする人もいます。もし自分がそこで働けば、収入も低いということは、あまり考えたりしません。
 勤務先の海外出張の帰り道、こんなことを考えていました。観光客は異文化を楽しみ、留学は本国で学べないものを学びます。出張は国内に居てはできない契約や事業が目的です。駐在は外国に住んでいても、その国の価値観には染まらず、本国の企業や政府の方針で仕事を進めます。
 しかし、個人的に外国の文化や人間に惚れて、或いは、本国では夢や展望を持てず海外に新天地を求める人もいます。こうした動機で渡航する人たちは、どちらも現地社会に身を投じ、その国を深く理解していくことになります。ところが、先の4つの目的で海外へ行く人たちには、「かぶれている」とか、極端な場合「変な日本人」とか言われがちです。
 企業や行政機関、政党、宗教などへの帰属意識や、団体への忠誠心があまりに強いと、我が身と置き換えて考えるということが困難になります。この自他を分ける溝こそが、誹謗や断絶、争いを市民の連帯で回避しようとする際の障害になっているように思えてなりません。自分の属しているグループで、他の構成員と自分を同一視すれば、安心できます。しかし、そもそも同一にはなり得ず、そこに無理がありそうです。だから、自他共にどこまでも孤独なのだいう現実の再認識が、愚かな言動を避ける方策なのではないかと考えています。(しんぼー)
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テーマ:旅の思い出 - ジャンル:旅行

この記事に対するコメント
自分を客観視
 ヒロポン様、いつも当ブログをご愛読、どうも有り難うございます。
「鰯の頭」とも言いますが、信じられる価値観があると幸せだと思います。その価値観に従って自分を律することを美しく感じ、自己実現できたように思えるでしょう。目標や意見が同じ集団で連帯感に陶酔できたりすると、なお幸せだと思えたりします。
 しかし、そこで忘れてはならないのは、それは多かれ少なかれ錯覚であり、自己満足であるということだと思うのです。そんなことを言っていたら、いつまで経っても幸福だと感じられないかも知れません。しかし、単純化された価値観は傲慢になり、周囲が見えなくなりがちです。
 実践的には、いつも一歩離れた自分がいるようにし、自分を客観視しているよう心がけておくのが得策だと思うのです。
【2007/12/02 21:22】 URL | しんぼー #s5hMGlx. [ 編集]


数年前に身体に中途で障害を負ってもなおバイクに乗り続けることにこだわるいわゆる「障害者ライダー」についてリサーチしていたことがあったのですが、そのテーマについて知人のテレビスタッフと雑談したところ、曰く「障害者がバイクで公道に出るなど、危険で迷惑だ」と。

その彼自身、古い車に手を入れながらこだわって乗り続ける人だったので、障害を負ったうえでなおも乗り続けたいという想いの部分は少なくとも共有してくれるかと思っていたのですが・・・
では「あなたがもし障害を負って、改造なしで今の車に乗れない体になったら?」と問うと「車はやめる」とのこと。
この言葉を彼の潔さと受けとめるか、想像力の欠如と受けとめるかは諸説あろうかとは思いますが、すべからく世の中には「今のわたし」を永続的なもののように錯覚するような心性が大勢をしめているように思えてなりません。

「我が身に置き換えて考える」とひとことで言えばそれは単純な行いのように感じたりもしますが、じつのところその個々人が感受する日常生活の「リアリティーとディテール」の深度に依存して様々な様相を持つという意味での危険性を帯びているのだなぁと感じさせられます。

あいかわらずのとりとめのない文章ですが、しんぼーさんの記事を読んでそんなことを思い出しました。
【2007/12/02 12:55】 URL | ヒロポン #Man0GNOE [ 編集]


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