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しんぼー/Shinboh

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ルポ集『東南アジアの人びと』
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フォトジャーナリストの戯言
取材に基づく記事やビデオリポートではなく、日々の戯言
いないのが一番の貢献?
 日曜日なので、まだ明るいうちに仕事から戻り、久々に自転車の手入れしならがら、こんなことを考えていました。他人に迷惑をかけない生き方を極限まで追求すると、自分がいないのが一番良いということにならないでしょうか。生きている限り、収入や貯えがない時はあっても、いつも必ず消費しなければなりません。生産と消費のバランスが取れていれば良いですが、敢えてバランスを崩してでも価値を作り、その結果、不均衡を招いています。そんな経済から一人スピンアウトすることは不可能です。インドのサドゥー(行者)くらい徹底すれば、現世と殆ど縁を切れるかも知れませんが、日本では実行が難しそうです。「社会に貢献したい」などと言っても、帳尻はマイナスになるかも知れないので、やはり最も間違いのない貢献は「いないこと」ではないでしょうか。
 自分はいない方が良いと言って、「そんなことはない。いないと寂しい」などと引き留めるのは家族や親友の何人かだけでしょう。「あの人がいての私」とか、最愛の人を亡くして「心にぽっかり穴が空いたよう」といった言い回しがありますが、自分の存在を支えている人にはいて欲しいものです。
 しかし、社会にとって必要とされているかという視点では、労働者や納税者といった頭数の一人では、代わりは幾らでもいます。多くの人が欲するようなモノを他人より効率良く、或いは、多くの人が魅力に感じる他人に真似できないモノを作り出せる人は、面識のない人からもいて欲しいと思われます。しかし、特に取り柄のない人は、互いにライバルだったり、いてもいなくても良い存在だったりして、「人が多すぎる」いう場合の「人」の一人と思われているかも知れません。
 欲望をギラギラさせて、より快適な、もっと贅沢な生活をしたいと思っている人が多い社会は、活気があるというより、息苦しいものです。均衡を保っている生態系のように、社会が廻っていくのに適当な数の人がいれば平和なのかとも考えます。しかし、そんなことはないと、すぐに考え直さざるを得ません。腹いっぱいになっても他の動物のように満足しないヒトの場合、そんな競争をしない人や社会は、過当競争から逃れて楽になろうとする人や社会に駆逐されたり、侵略されたりすると思うからです。もう28年乗っている自転車ですが、錆を落とし、ワックスをかけ、油を差しました。まだまだ通勤や買い物に使えそうです。(しんぼー)

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