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しんぼー/Shinboh

Author:しんぼー/Shinboh
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ルポ集『東南アジアの人びと』
"People in Southeast Asia"

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フォトジャーナリストの戯言
取材に基づく記事やビデオリポートではなく、日々の戯言
汚い手?
 人と会ったり、誰かが管理する現象や所有するモノを見たりする時、氏名を名乗るのは吝かではありません。ですが、ジャーナリストだとか、勤めているマスコミ企業名を言うのは如何なものかと、これまで何度も思ってきました。記録に残ることや広報されることを意識すると、人は身構えたり、粉飾したりすることが多いので、本来の姿ではなくなるからです。
 ところが、このごろ何でも広報担当部署を通さないと、話を聞けなかったり、写真やビデオを撮れなかったりします。身分を尋ねられず、明かす必要もなく、自然な話や絵が取れても、それを使うと、後で文句を言われることも増えました。それが誤報や捏造でなくても、です。
 アマチュアでも記事や写真、ビデオリポートをメディアに寄稿することはできます。また、プロでもオフなどで構えて取材しない時や、偶然出会した際には、いちいち職業や身分を明かしたりしません。また、話を聞いたり、光景を見た後で、「やはり、これは出さねばならない」と思うこともあります。
 内偵や裏取りなどで身分を明かさず取材したものを出す時には、出す前に確認を取る形で再取材するのが最善だと思います。しかし、そうすると「そんな事実はない」と否定されたり、間接直接に圧力をかけてくることが多く、ならばと、日時や発言者、写真や映像などで裏打ちすると、今度は「汚い手を使って」と非難されます。
 けれども、最初から報道することを前提に取材すると言えば、何でもかんでも、まるでコマーシャルかお知らせのような内容になってしまい、取材する意義が殆どなくなってしまわないでしょうか。(しんぼー)
 
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