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しんぼー/Shinboh

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ルポ集『東南アジアの人びと』
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フォトジャーナリストの戯言
取材に基づく記事やビデオリポートではなく、日々の戯言
現代の貧困
 このテーマの本はけっこう出ていますが、小生も最近ひしひしと感じていることがあります。二極化が進む中、貧しい人も富める人もそれなりの暮らしをしなくなって来ているという点が「現代の貧困」を増幅しているように思います。富の分配や平等な社会は永遠に目指すべきですが、今すぐ個人でも変えられるライフスタイルが気になっているのです。
 実は小生、子どもの頃は全国的にも有名な高級住宅地に住んでいました。小学校のクラスメイトの家に遊びに行くと、白いペンキが塗られたテラスに手入れされた一面の芝や、門から母屋へ歩く庭には小川や茶室があったりとか、桁違いの金持ちを目の当たりにしました。しかし、それがさり気ないのです。クラスメイトやその父母が身に着けているものは、子どもの目にも良いものとは判りましたが、流行を追うわけでもなく、重厚な家具調度と同様に長年大切に使っている感じがしたものです。新しいモノを他人より先に買って悦に入っている様子などはなく、これぞ裕福な人たちなんだと思ったものです。後に留学したイギリスでは、ビクトリア朝に建てられた住宅に住み続け、ガーデニングなどを楽しむ市民にどこかその価値観の原点のようなものを感じもしました。
 ところが、現代の日本の金持ちは住居や家具家電、身に着けるモノのどれもが流行や宣伝に乗せられているようで、あまり長持ちしそうにないものや直ぐに飽きが来そうなものに囲まれて生活しています。見ている方が恥ずかしくなるチグハグな成金趣味もあります。小生の父母は共稼ぎで、書斎があるようなインテリの家でもなかったのですが、4、50年前の庶民は、身の丈に合ったそれなりの暮らしをしていたように思うのです。所得に合わせた生活水準で、住宅や教育資金のためにローンを組むことはあっても、今のように遊興費がないからと借金するのはタブーという感覚がもっと強かったように思います。もちろん当時も博打や女性で身上をつぶす人はいましたが、ここでいう遊興費というのは、収入に見合わない住居や家電、過度な冷暖房、新しく排気量の大きな車、外食や買い食い、タクシーの利用、服飾、美容、高価なペット、旅行など、基本的な生活に必須でないものにかけるカネという意味です。こうした贅沢品は持っているのだけれども、基本的生活に穴が空いている状態が、正に現代日本の貧困だと小生は思うのです。
 質素に倹約生活をしていても、やり甲斐を持てる仕事があるならば、或いは、読書や音楽、美術、スポーツなどカネのかからない趣味に打ち込めば、けっこう楽しく暮らして行けるのではないでしょうか。しかし、今は上記のようなカネのかかる贅沢をしないと楽しくないという刹那的な価値観の人が相対的に増えているのではないかと感じるのです。楽しむために貯金せず借金までしていると、物心両面で貧困が悪循環し、子々孫々に連鎖して行くケースも見受けられます。文化の疲弊?途上国に限らず抜本的な貧困解消には、遠回りのようでも教育が最も効果的で有意義というのが定説となっています。しかし、その教育も暗記や受験テクニックではなく、能動的に知る喜びを体験する教育でなければ、現代の貧困は解消しないばかりか、増幅されるのではないかと危惧しています。(しんぼー)

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