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しんぼー/Shinboh

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ルポ集『東南アジアの人びと』
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フォトジャーナリストの戯言
取材に基づく記事やビデオリポートではなく、日々の戯言
本心は専制・独裁志向?
 沖縄の二つの新聞がなくなればよいなどと政権政党の若手議員の勉強会で作家が発言し、議員たちもマスコミを懲らしめなければとか、広告を出さなければメディアは潰せるなどと言い放ったと、政権を揺るがす騒ぎになっています。政権内部や政権に近い人でなくても、いわゆる左派や反体制派を嫌う人はいます。志向したり批判したりすることも政治信条や言論の自由ですが、Frangipani仮にも民主主義を標榜する政党内で言論を弾圧するような話し合いが持たれていたなら憂慮すべきことです。互いの価値観を尊重し、傲慢にならず言質に責任を持ち、加えて相手がそう思う経緯を理解しようと常に努力していなければ、自由な社会は得られません。 
 体制が変われば左右も入れ替わり、時代に拠っては体制と反体制が逆の立ち場になります。勝てば官軍という言葉だけでなく、東西冷戦の終結を機にもそうなった実例が多々あります。ただ、憲法九条をめぐっては、護憲において保守と革新が入れ替わっても、反戦平和を求める人たちは冷戦中と変わっていません。立憲主義や三権分立が揺らぐ現代ではありますが、いつの時代も左右ともに必要です。理想の社会に向かって、イデオロギーに拘らず現状に照らして左右のバランスを取って行くことが大切だと思うのです。
 にも関わらず、こうしたファッショな発言がなされるのは、そもそも思い描いている理想自体が異なっているからではないでしょうか。自分は搾取されたり支配されたりする側ではなく、常に権力側にいることが前提で、本心では専制や独裁を志向しているのですが、社会の目や次の選挙の手前、ご都合主義的に自由民主を唱えているのではと穿った見方をしてしまいます。
 思うのですが、例え自分は体制側や主流派だと思っていても、もし政治信条や表現、言論の自由がなくなれば、権力や利益の取り合いの中で自分が少数派にいた場合、今度は自分が左派だと、反体制だと糾弾されるということを分かっているのでしょうか。利己的で反社会的な考えを密かに持っている人たちを含め、彼らが徒党を組んで数の力で押し切るようなことにならぬよう、メディアやジャーナリストは一層奮闘せねばと思います。(しんぼー)
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