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しんぼー/Shinboh

Author:しんぼー/Shinboh
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ルポ集『東南アジアの人びと』
"People in Southeast Asia"

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フォトジャーナリストの戯言
取材に基づく記事やビデオリポートではなく、日々の戯言
以前より空しくなること
「居場所」だとか、「自分探し」という哲学めいた言葉が、平素よく使われるようになったものだと思います。
 自分の居場所を見つけて、その場所が受け入れてくれれば「居場所」になります。探し出した自分を周囲が認めてくれなくても、「自分探し」はできたことになるのでしょうか。
 前者は社会に受け入れてもらうことが、後者は他人に認知してもらうことがそれぞれ難しく、自己完結できれば良いですが、何も考えていなかった時点よりも余計に空しくなったりすることの方が多いようです。
 自分の存在に、これといった価値や意義はなく、存在しなくてもよい人間であり、いない方がモノを消費せず、少なくとも一人分は生存競争を激しくせずに済むと。そして、そんな自分の居場所は非常に限られていることに気付くからです。
 職場は元より、営利のため、報酬を得るための集団ですから、こういう輩は葬られても仕方ありません。ですが、友愛で結ばれているとされる恋人同士や夫婦、家族、友達といった関係においても、貯金がなく、収入がゼロになり、借金を作っていては、関係を維持することが難しくなるでしょう。
 なぜなら、人並みに暮らせ、たまには買い物や遊びに行ったりするカネがあることが、“見えない大前提”となっているからです。(しんぼー)
 
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テーマ:ダメ人間日記 - ジャンル:日記

この記事に対するコメント
まりもも様、ご愛読どうもありがとう
 更新が滞っているサイトですのに、ご愛読、どうも有り難うございます。
 「死ぬまで居場所がみつかるかどうか」というのは、生きているうちは探している、生きるということは探すことのような気がします。たぶん、その過程に価値があり、みつかってしまって、安住するのは、よく“淀む水”に喩えられるように、あまり良い状態ではないのかも知れません。
 「カンボジア」、今秋には新しい記事をアップしますね。
 お元気で!
 
【2006/09/16 22:54】 URL | しんぼー #s5hMGlx. [ 編集]

わたしも
生きていること自体にむなしさや無駄を感じることがよくあります。
最近よく聞く「居場所」や「自分探し」という言葉にも抵抗を感じてしまいます。
なんだか軽々しく聞こえてしまって。

わたしは自分に自信を持つことができなくて、どうしても他人の判断ばかりを気にしてしまいます。職場では、このお給料のぶんを自分が働けているかどうかをいつも考えていて、それができてはじめて「ここにいていいんだな」と思えます。
でもそれは、所詮、労働に見合った報酬をもらっているというだけで、よく言う「居場所」とは違う気もする。
「自分探し」って、結局なんなんでしょうか。
自分にとって居心地がよくって、認めてくれる人や受け入れてくれる人がいて、しんどくない精神状態にいれれば、それが「居場所」なんでしょうか。

わたしには死ぬまで「居場所」が見つかるのかどうか、分かりません。


カンボジア大好きで、よくホームページをのぞかせてもらってます。
特に「カンボジアに魅せられた女たち」が大好きで、毎日のように繰り返し見ます。
実はここに出てくるソチアさんに、ガイドをしてもらったこともあります。
【2006/09/16 02:57】 URL | まりもも #obYDgEv2 [ 編集]


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