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しんぼー/Shinboh

Author:しんぼー/Shinboh
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Photojournalist
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ルポ集『東南アジアの人々』
"People in Southeast Asia"

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フォトジャーナリストの戯言
取材に基づく記事やビデオリポートではなく、日々の戯言
言論の自由のない国 …ベトナム取材終了
 いま日本で働く約20万のベトナム人たちの故郷は、無数のバイクと車がひどい渋滞を起こし、高層ビルが次々と建設されているハノイやホーチミンシティではありません。その殆んどが疲弊した昔ながらの農業や漁業しか仕事がない地方からの人たちです。今回は『ベトナム人が見た日本』という題で、彼らの出身地を取材してまわり、今タイのバンコクへ出て来たところです。
 
mekong delta写真:南部のベトナム人たちが「ミエンタイ=沔西」と呼んでいるメコンデルタ=ビンロンの船着場で

 急激な人口減少に伴う労働力不足を埋めようと、日本は技能実習生や留学生と称してベトナム人労働者の受け入れを拡大しています。しかし、その制度や法律はまだまだ熟れておらず、個々のケースは人権問題に、総じては社会問題になりかけています。そうした問題が起こるのは、ひとえに来日前の彼らの暮らしぶり、彼らの思い、そして、彼らがブローカーにどれだけの手数料を払って、つまりどれだけの借金を抱えて来ているのか、そんな背景を理解していないからです。或いは、見て見ないフリをしているからです。
 以前の「研修生」も含め既に帰国している人から、これから日本へ行こうとしている人へ、ベトナム人同士での情報共有はできないものかと思います。その道具、スマホは日本並みに普及しています。しかし、ブラックな斡旋業者や受け入れ企業の情報は、アップした者が嫌がらせを受けるか、情報自体が削除されるかし、ネット上には良い話ばかりです。一党独裁の国ですから、国内の新聞テレビも影の部分に触れることはありません。外国人ジャーナリストの小生も、未だに外務省プレスセンターに高額な”みかじめ料”を払って監視員を付けなければ、公道や公園でさえカメラを構えると公安に制止される状況でした。加えて、顔だし名前出しで話せないコトが少なくありません。
 日越の政財界が愚民政策を押し通し、効率優先で労働力を補填し、外貨を獲得しようする強い逆風を感じての取材です。しかし、ベトナム人労働者が日本で苦い経験をするばかりで、日本を嫌いになってしまっては先はなく、右派も左派もありません。労働対価はもとより人権意識でも日本より良い条件の国はたくさんあります。帰国する明後日からこのベトナム取材の編集を急ぎます。ご期待ください。(しんぼー)
 
ベトナムへ ”田作の歯ぎしり”でも
Vietworkers 7月はカンボジア、今度はその東隣りのベトナムです。主に『ヤフーニュース』で2、3カ月に一本のペースで取材・報道していこうと、いま国内取材を進めながら、現地と連絡をとって準備しています。東南アジアをライフワークとしてきた小生としては、日本で働くベトナム人が急増している現象をベトナム側から見てこようというわけです。より客観的に今の日本、そして世界が浮き彫りにできそうで現地取材が楽しみです。

 写真:コンビニ弁当工場へ終夜勤務に向かうベトナム人ら=午後8時半、盆休み中の神戸市で
 中国の若者たちが「就学生」として日本へ働きに来ていたのは一昔前。経済発展を遂げる中国からは、今や一般市民が家族連れで観光に来ています。そして、ベトナム人の「留学生」や「技能実習生」が、中国人を追い越そうとしています。ベトナムの人口は中国の10分の1以下ですから、本当に多くのベトナム人が日本に来ていることになります。
 その背景には、この国も先進工業国の例に漏れず、失業保険や生活保護などと最低賃金が殆ど同額だったり、逆転したりし、3Kなどと呼ばれる単純労働に慢性的な人手不足があります。加えて、日本では少子高齢化による人口減少が急速です。さらに、日越間には依然として大きな経済格差がある上に、彼らが歴史的に中国を嫌っている一方で、日本へは比較的簡単に働きに行けるという官民の合意や申し合わせまでがあります。
 今日より明日、今年より来年の方が幸せになれると期待できれば、人は頑張ることができますが、その逆は忌み嫌います。ベトナムでは個人の生活でも、社会のインフラでもまだまだ開発の余地があり、人々にも意欲があります。しかし、幸せをモノやカネに求めていては、どんどん不幸せになるのがこれからの日本です。こうした幸福観を変える時代かとも思いますが、人の性が変わることはないでしょう。人口が下げ止まり、身の丈に合った経済力となれば、暮らしやすい世の中になるのでは。小生はそんな希望的観測しか持てず、こうした報道も“田作の歯ぎしり”に終わることは判っています。それでも、これが自分のライフワーク、ベトナムへ行ってきます。(しんぼー)


テーマ:働き方 - ジャンル:就職・お仕事

ネットニュースに初寄稿
 先月現地取材した『なぜ続く強権独裁?~カンボジア2018総選挙~』を、『ヤフーニュース』に寄稿しました。各人の得意分野でヤフーニュースの「個人オーサー」に登録、企画書などの手順を踏んで寄稿すると、原稿料や取材経費の一部をヤフージャパンが払ってくれる仕組みです。こうしたインターネット媒体での発表は個人サイトを除いて、人生初の体験です。
 取材に行く前は「これから映像に力を入れて行きたいのでビデオリポートを」と聞き、それ用に取材してきたのですが、出稿時になると「スチル写真付きで2000字以上の記事も」と言われました。ちょっと慌てましたが、結局“二刀流”で仕事しました。ニュースサイトを開く多くの人は、まだまだ文字原稿を求めているので、映像だけではダメだという話です。テレビだけでなく、新聞と雑誌での若い頃の経験が役立ちました。
 それにしても、通勤電車の中で新聞を読んでいる人は殆ど見かけなくなっています。なかにはゲームに熱中している人いますが、とにかく乗客の7、8割はスマホとにらめっこといった具合に、ニュースもインターネットで読まれる時代になっています。イヤホンを繋げば、もちろん映像ニュースもスマホで視聴可能です。
 文章、写真、映像はそれぞれの表現伝達方法の違いだけでなく、同じ取材対象でも、その着目点というか捉え方が異なる場合が多々あります。読者に自分のペースで読んでもらえる文章、フレームの中の一瞬を凝視してもらえる写真、動画と音声を恣意的な順序やテンポで提示できる映像。しかし、一人の発信者においては手段が違っても、焦点を当てたい事象や伝えたいことは同じです。いま60代前半の世代はペンとフィルムカメラで仕事を始め、ここ10数年はキーボードとデジタルカメラで仕事しています。小生の場合は発表媒体もインクの臭いがした新聞から、テープで撮影編集したテレビを経て、スマホでも読めるインターネットに。写真は、21年前にフィルムカメラで撮影した当時46歳のフンセン氏。今回の選挙でカンボジアの独裁政権は変わらず続くことになりましたが、他方で時代の変遷を感じずにはおれません。(しんぼー)

カンボジアから帰国、古都を引き揚げました
 看過できない総選挙をカンボジアで1週間取材してきました。写真=年々高層ビルが増えるプノンペン。変わらぬのは手前のトンレサップ川と王宮だけ
 帰国して2日後、引っ越し業者の都合でアパートを引き払うために古都へ。半年も住むと通りや店に親しみを覚え、新しい友人知人もできて、仕事でこそ相性が良くなかった街も満更ではありません。しかし、今夏の日本は熱帯カンボジアより暑く、盆地はその極致。引っ越し作業は楽ではありませんでしたが、暑さ対策には慣れているので、連日ニュースで注意喚起している熱中症にはならずに済みました。
 ということで、これからも全国海外・長期短期を問わず出張はしますが、引っ越し代や家賃をペイするほどの報酬がない限りは、もう自宅に拠点を据えて仕事して行くつもりです。20年以上前でも月刊誌で発表する場合は、原稿や写真を郵便やファックスで送り込み、ゲラをファックスでやりとりすることで全国どこに住んでいても問題はありませんでした。今や日刊紙やテレビでさえインターネットで即応できる時代になっています。今回のカンボジア・リポートは歌の文句ではありませんが、時の流れに身を任せてネットニュースに出す予定で、いま編集の真っ最中です。
 近年、カンボジアやタイ、フィリピンなど東南アジアに限らず、制度は一応民主主義で選挙もやっているにも関わらず、欧米でも強権的な指導者が目立ってきています。誰もが納得できる一番マシな制度なはずですが、何がそうさせているのでしょうか。カンボジアは日本が初めて国連PKOに参加した地で、日本人の明石康氏率いる国連暫定機構が多党制民主主義を移植しました。それから四半世紀が経ったわけですが、いまカンボジアでは時代が逆行しているような状況です。自由と公正がなく、投票日を待たずとも結果が明白な選挙ですが、その結果を入れて来月初頭に発表します。お時間がある方は、どうぞご覧になってください。(しんぼー)

半年で転進 生涯現役を目指して 
アパート近くの池 「大阪で震度6弱」の地震があったことは、皆さんよくご存知か自ら遭われたことと思います。雲仙普賢岳や阪神淡路、玄海西方沖、東日本、熊本などで、また、台風などによる土砂崩れや洪水の取材も幾度となく取材・報道してきました。しかし、派遣ディレクターでは、そうした経験を活かせません。写真はアパート近くの灌漑池の鵜。そのアパートも来月末には引き払います。
 定年後なので、敢えて小規模な所で力になれればと思ったのでした。しかし、「このままで良い、それはやりたくない」と言われてしまっては、力になりようもありません。早朝深夜に亘る取材や突発に対応できるようアパートを構え、地ネタを取ろうと何軒かの飲み屋などで馴染み客にもなりましたが、そういうことも求められていないと判りました。
 ということで、派遣ディレクターは今月末までとしました。来月は総選挙取材でカンボジアへ行き、その後は一本毎に持ち込んだり、請け負ったりするつもりです。そうしたフリーランスは30代に東京で6年間やったことがあります。
 「石の上にも3年」とは言いますが、石の上に3年どころか10年、20年いる人を見て確度の高い予測がつきます。小生は若い頃から経営には興味がありませんので、これ以上の深入りはしません。今回は僅か6カ月での転進ですが、前向きに生涯現役を目指しますので、今後共どうぞ宜しくお願い申し上げます。(しんぼー)