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しんぼー/Shinboh

Author:しんぼー/Shinboh
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Photojournalist
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ルポ集『東南アジアの人々』
"People in Southeast Asia"

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フォトジャーナリストの戯言
取材に基づく記事やビデオリポートではなく、日々の戯言
カンボジアから帰国、古都を引き揚げました
 看過できない総選挙をカンボジアで1週間取材してきました。写真=年々高層ビルが増えるプノンペン。変わらぬのは手前のトンレサップ川と王宮だけ
 帰国して2日後、引っ越し業者の都合でアパートを引き払うために古都へ。半年も住むと通りや店に親しみを覚え、新しい友人知人もできて、仕事でこそ相性が良くなかった街も満更ではありません。しかし、今夏の日本は熱帯カンボジアより暑く、盆地はその極致。引っ越し作業は楽ではありませんでしたが、暑さ対策には慣れているので、連日ニュースで注意喚起している熱中症にはならずに済みました。
 ということで、これからも全国海外・長期短期を問わず出張はしますが、引っ越し代や家賃をペイするほどの報酬がない限りは、もう自宅に拠点を据えて仕事して行くつもりです。20年以上前でも月刊誌で発表する場合は、原稿や写真を郵便やファックスで送り込み、ゲラをファックスでやりとりすることで全国どこに住んでいても問題はありませんでした。今や日刊紙やテレビでさえインターネットで即応できる時代になっています。今回のカンボジア・リポートは歌の文句ではありませんが、時の流れに身を任せてネットニュースに出す予定で、いま編集の真っ最中です。
 近年、カンボジアやタイ、フィリピンなど東南アジアに限らず、制度は一応民主主義で選挙もやっているにも関わらず、欧米でも強権的な指導者が目立ってきています。誰もが納得できる一番マシな制度なはずですが、何がそうさせているのでしょうか。カンボジアは日本が初めて国連PKOに参加した地で、日本人の明石康氏率いる国連暫定機構が多党制民主主義を移植しました。それから四半世紀が経ったわけですが、いまカンボジアでは時代が逆行しているような状況です。自由と公正がなく、投票日を待たずとも結果が明白な選挙ですが、その結果を入れて来月初頭に発表します。お時間がある方は、どうぞご覧になってください。(しんぼー)

半年で転進 生涯現役を目指して 
アパート近くの池 「大阪で震度6弱」の地震があったことは、皆さんよくご存知か自ら遭われたことと思います。雲仙普賢岳や阪神淡路、玄海西方沖、東日本、熊本などで、また、台風などによる土砂崩れや洪水の取材も幾度となく取材・報道してきました。しかし、派遣ディレクターでは、そうした経験を活かせません。写真はアパート近くの灌漑池の鵜。そのアパートも来月末には引き払います。
 定年後なので、敢えて小規模な所で力になれればと思ったのでした。しかし、「このままで良い、それはやりたくない」と言われてしまっては、力になりようもありません。早朝深夜に亘る取材や突発に対応できるようアパートを構え、地ネタを取ろうと何軒かの飲み屋などで馴染み客にもなりましたが、そういうことも求められていないと判りました。
 ということで、派遣ディレクターは今月末までとしました。来月は総選挙取材でカンボジアへ行き、その後は一本毎に持ち込んだり、請け負ったりするつもりです。そうしたフリーランスは30代に東京で6年間やったことがあります。
 「石の上にも3年」とは言いますが、石の上に3年どころか10年、20年いる人を見て確度の高い予測がつきます。小生は若い頃から経営には興味がありませんので、これ以上の深入りはしません。今回は僅か6カ月での転進ですが、前向きに生涯現役を目指しますので、今後共どうぞ宜しくお願い申し上げます。(しんぼー)


やりたい事がみつからない!?
 写真は1905年に建てられた旧少年刑務所で、小生のアパートから自転車で10分足らずの丘の上に佇んでいます。再来年を目処にホテルなどの複合施設に生まれ変わるとのことで、様子を見に行ったのですが、工事は始まっておらず、完成予想図の看板も見かけませんでした。そんな立地のアパートに寝泊まりして、派遣ディレクターとして仕事しているのですが、そもそもこの職場は新風が吹くことや新しい血を必要としていないことが判ってきました。社員の離職率の高さ、派遣の入れ替わりの早さが何をか言わんや、です。
 居る意義がない所や歓迎されていない所にしがみつく必要はありません。しかし、ハローワークや派遣業者でも経験しましたが、60歳を超すと門前払いされることが殆どなのです。一人ひとりの気力や体力、これまでの実績など見ようともせず、単純に年齢で篩いにかけられます。少子高齢社会で人口は減少傾向にあり、ロボットやAIを導入できない業種では人手不足が深刻、大卒就職率は7年連続上昇し過去最高といった報道がウソのようです。
 一方で「もうやりたい事だけしよう」という考えもあります。ところが、「やりたい事が思い浮かばない!」と改めて気付きます。振り返れば仕事でもプライベートでも幸運で、やりたい事は殆どやり尽したようにも思います。或いは、「やりたい事」が見つかったとしても、それを実現させるために注ぐ労力と経費と、その行為の意義と自己満足度を直ぐさま天秤にかけてしまいます。すると、「やりたい事」は「やりたくない事」にいとも簡単に転ずるのです。これまでそんな転換が起こらなかったのは、社会も自分もあまり見えてなかったので結果を洞察できず、僅かな可能性に賭けるだけで楽しかったからです。
 『論語』には「五十にして天命を知る。六十にして耳順がう。七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず」とあります。しかし、小生は60歳になっても、人のことばに素直に耳を傾けることができるようになっていません。小生が未熟なのか、馬鹿なのか、天命を知るどころではありません。ウン十年ぶりに「自分探し」をしているようで、仕事でも趣味でも自分が本当にやりたい事が見つからず悩んでいます。この時代に新たに定義された『定年うつ』、延いては『老人性うつ』、他人事ではありません。(しんぼー) 


ぶらぶらしているより遙かにマシ
Cherry blossoms in Ashiya
 10日ほど早かった桜も散り、古都で仕事を始めて3カ月半が経ちました。振られる仕事は軽い街ダネやグルメ、季節モノといった感じか、そうでなければ“ありました原稿”のリライトや再構成です。地域の問題点を深追いすることは求められず、中央や世界の動きに対する地元の反応を軟派や地方版感覚で展開することもノーサンキューと言われます。かといって、一人の人間に密着して、その人の生き方に迫るような企画にも乗ってきません。
 それでも習い性というのでしょうか、古都のアパート泊の夜は色んなタイプの飲み屋を開拓中です。また、アングラ情報の通との交流にも努めています。業種や交友関係が違う人たちとの四方山話から、社内や発表モノでは決して得られない発想やネタを頂戴したことが、これまでに何度もあったからです。
 東京で仕事をしていた30代は、フリーランスのジャーナリストやディレクターとしてキー局でニュースの特集やドキュメンタリー番組をかなり自由に作っていました。しかし、その後放送局の社員として記者やディレクターをやっていた20年のうちに、業界の体制はがらりと変わっていました。近年はフリーランスとは契約しなくなり、制作会社に属すか、派遣会社を経由することが求められます。ということで、今の身分はハケン。しかも、プロデューサーではなくディレクターとしての派遣ですので裁量権が殆どなく、企画会議にも呼ばれたことがありません。
 60を超えると途端に敬遠される社会のようですが、生涯現役でいたい小生にとっては、定年後ぶらぶらしているよりは、これでも遙かにマシ。限られた取材対象の中にも、どこかで自分なりのエスプリを利かせられないか、担当番組を少しでも面白くできないかとは思っています。(しんぼー)

1年2カ月ぶりの新しい記事
 個人サイト『東南アジアの人々』に、ようやく新しい記事を加えられました。前回の更新、一昨年12月にラオスを取材して以来、1年2カ月ぶりとなってしまいました。それは、定年退職から年金受給までの5年間になかなか見通しがつかず、経済的にというより精神的に不安で、万年赤字のライフワークを再開できずにいたからです。Same as before
 久しぶりの自主取材は自分の原点に戻り、最も多く取材してきたカンボジアにしました。民主主義とは名ばかり、三権は全くと言ってよいほど分立しておらず、長期政権の独裁体制となっています。ポルポト時代の禍根と熱帯の国民性でしょうか。ちなみに、北隣りのタイは軍政下のままですし、東隣りのベトナムはずっと一党独裁の社会主義国ですが、カンボジアより遙かに経済開発が進んでいます。地政学的な条件や一国の歴史上の位置は致し方ないとして、それなりに自国に腰を据えて仕事をする人の割合が、両隣の二国はカンボジアより高いからでしょうか。
 また、遠くカンボジアにいて、逆に日本やアメリカ、中国などの近年の風潮を思わずにはいられませんでした。どこでも経済至上主義のようになり、日々の暮らしさえ安定し、そこそこ喰えていたら、違憲であろうが、モラルが低下していようが、殆どの人が問題としないという。「衣食足りて礼節を知る」ならば、衣食の過不足は一人当たりのGDP?いや、通信や運輸が発達した現代では、格差や二極化が元凶?
 断片的にしか伝わって来ないカンボジアの現状を見聞して来ましたが、運動家の檄文のような記事は書きたいとも思いませんし、書けません。ただ、日本は貿易立国ですし、人口減少が著しくなる中でこの生活を維持して行くには、これまでにない規模と深さの人的交流が不可欠です。そこには『東南アジアの人々』との付き合いも大いに含まれています。ひとり一人が、自分たちの代表が、どう付き合って行けば良いのか。それを考えるための材料になればと思っています。『移植された民主主義は…』をアップしました。ご一読いただければ幸いです。(しんぼー)